第四話 電波の占有は可能なのか?
「し、死ぬかと思ったの……!」
バレェンが泣きついてきたのは、メイドの使命を刷新して二世代ほどの期間――つまり第一人類基準で百年ぐらいが過ぎた頃のことでした。
「なにごとですか。というか、どうしてコアユニットの姿で?」
「メイドに身ぐるみを剥がされた、なの!」
「――は?」
詳しく聞いてみると、こういうことでした。
特にトラブルがなければ、わたしたち鯨のコアユニット排出は、鯨の墓場で行われます。
同じように、メイドの出産も、鯨の墓場で行われます。
メイドたちは墓場の鯨を解体し、地ならしをしたり、バレェンが提唱した電波中継装置を組み立てています。
その電波中継基地の様子を、責任者のひとりとして見に行ったバレェンへ、メイドが襲いかかってきたというのです。
「そんなばかな」
「信じないとは言わせないの!」
「いえ、その見た目を見れば何かあったのは解りますが……メイドにそれほどの機動性が?」
第二人類は、海中を歩いて回るように設計されています。
ゆえにメイドの移動速度は、鯨と比べてどこまでも鈍重で、追いつくことなど出来ないはずなのです。
「根本的なことを忘れているなんて、エーヴィスは愚か者なの!」
「エーヴィスはかしこいですが!?」
「〝ヒレ〟をつけようと発案したのは、エーヴィスなの」
「――あ」
なるほど。そういうことでしたか。
メイドの作業効率の悪さを憂慮したわたしたちは、議論の末、水中における機動性向上を図ることにしました。
それが、クジラの胎内で生成される、水中噴進機動装置、通称〝ヒレ〟です。
これは、メイドの足に取り付けるタイプの運動補助装置で、イカの漏斗を参考にしたジェット推進が取り付けられています。
そんな便利なアイテムを、一世代前にメイドへと供給したことを、どうやら記憶領域の隅へと追いやっていたようです。
「うっかりですね」
「うっかりじゃすまないの、絶対許さないの……」
「まあまあ。つまり、現状のメイドは」
「……そう、ある程度の機動性を得た第二人類は、鯨の墓場に近づく鯨を、足りないパーツを補う材料だとみているの。これはとても危険なことなの。あいつら容赦なく装甲を引っぺがしてくるの! すごくコワい、なの!」
力説するバレェン。体験談なのでやけにリアリティーがあります。
事実、由々しき事態です。
大陸再建は、鯨の墓場を中心に行います。
なので、躯体が成熟した鯨は、必ず墓場へと行く必要があります。
だというのに、近づけばメイドが襲ってくるとなると大変な障害です。
「抜本的に、平時は鯨の墓場へと近づかなければいいのではないでしょうか。躯体を廃棄するときなら、いくら素材を剥ぎ取られても問題はないですし」
「コアユニットまでとられたらどうするの、なの」
「……あー」
コアユニットは、失われると取り返しの聞かない最重要機関です。
さすがに、そこを傷つけられるような真似は困ります。
「では、こうしましょう」
「名案があるの?」
「メイドに、コアユニットを保護するよう使命を追加します。躯体とコアユニットの分離が円滑に行われるよう補助をしつつ、コアは海へと帰すように仕向けるのです」
「これはしたりなの。それなら安心なの」
納得したように機首を振るバレェン。
そういうことで、メイドにはコアユニットの保護を厳命しました。
絶対に傷つけず、確保しても必ず海へと戻すようにです。
……しかしこれが、コアユニットを奉る宗教に発展するとは。
いくらわたしたちの高性能思考領域を持ってしても、優先度が低いと判断される事象だったのでした……。
§§
さてはて。
それから十年ほどが経過して、バレェンの計画はようやく軌道に乗りました。
「どうですか、電波中継基地のほうは?」
「ばっちりなの。鯨の墓場周辺では、限定的に通信が出来る程度になっているの。ゆくゆくは海洋全体へ中継装置を浮遊させて、あらゆる海域での通信を可能にするつもりなの」
たいへんよき。
どうやら万全のようですね。
「では、一度テストをしてみましょう」
「わかったの。現在、通信が可能な墓場は二カ所。エーヴィスはA地点に向かってほしいの」
「了解。では、B地点からの通信、待っています」
280000セコンドほど後。
わたしは、A地点に辿り着きました。
メイドも、使命を組み替えられたことで、ほぼコアユニットであるわたしを襲ってくることはありません。
そうこうしていると、ぴこーんと電波が入ります。
『テステス。首都は燃えているか、なの』
「音源良好。聞こえていますよ、バレェン」
『よかったの! よーし、これでようやく、通信インフラを確立するという造物主の夢が、がが、がががががががが――――――』
「なんです? よく聞こえませんが?」
『――――――』
バレェン?
わたしは、即座に長距離通信用の音波を打ちました。
それからしばらく経って、バレェンから返信が届きます。
その内容は、実に驚くべきことでした。
『電波中継基地が、何者かによって破壊されたの。思わず涙目なの』
……それは、つまり。
この海にはやはり、わたしたち鯨以外の何者かがいる、という証明でした――