第二話 その鯨に託された願いは、あくなき挑戦なのか?
わたしたちは、なんとか脱出に成功しました。
結果的にですが、コアユニット排出の際の問題点が大きく浮き彫りになった形です。
まず、安全を担保すること。
そして。
「躯体とのリンクは、ぎりぎりまで保っておくべきですわね……」
意気消沈したように、ジンユーが反省を述べます。
すっかりわたしと同じ大きさ――少女へ戻った彼女には、さきほどまでの尊大さ、自信のようなものが失われていました。
「あたりまえですわ。だって躯体は、海の底ですもの」
「いいのですよ、それで。どうせここら一帯、すべて埋め立てるのですから」
「それは、そうですけど……」
「では、こうしましょう。次の実験も、ジンユーにはここで行ってもらうと言うことで」
「まさか、エーヴィスあなた」
彼女が、目を丸くして、言いました。
「名誉挽回の機会を、わたくしにくださるのかしら?」
名誉挽回?
それは少し違います。
だって、
「あなたの使命は、まだまだ終わっていませんし、始まってもいないのです。だから、引き続きこの計画を、よろしくお願いしますね、ジンユー?」
そう告げれば、彼女は目を丸くして、しばらく押し黙り。
やがて、大きく頷いてくれました。
「まったくですわね、落ち込んでいた自分が情けないですわ。では、次のプランで会いましょう。きっと目にものをみせて差し上げますから、御期待のほどを。ではでは、再見! 再見ですわー!」
もうそこには、先ほどまでのしょぼくれていた少女はいません。
いるのは偉大なる鯨、ジンユーです。
失敗など些細なことだと、省みることなく何度でも繰り返し、最後には前に進めばいいと、彼女は全身で表現します。
膨大なトライアンドエラーの末に最高の技術を手に入れた国の〝鯨〟は、大海原へと旅だちました。
ふたたび成熟した、大人の鯨となるために。
何度でも、このミッションへと挑むために。
再会を誓って、わたしたちは別れたのです。
§§
そうして、百と余年の月日が過ぎて。
「では、やり直しましょう、エーヴィス。今度は、メイドの実証ですわ!」
ジンユーは、高らかに言い放ち、躯体を切り離します。
コアユニットの排出は成功。強制排出プログラムも準備していましたが、今回は不要なようですね。
そうして残された躯体からは。
「これが、メイド――海洋適応型労働力こと、第二人類ですか」
形状はおおよそ第一人類に似て、しかし指の間に水掻きを持ち、海中での行動が可能な労働力。
ポコポコと百体ほどの成体。
造る、奉仕するという意味を持つ新たな人工霊長。
第二人類メイドが、羽化したのでした。
どうして鯨は少女の形なのか。
それは、造物主たちに心があったからです。
彼らの心とは、論理的な裏付けがない願掛けをすることだとわたしは定義します。
鯨の幼体はいずれ成体となり、子どもを産む。
だからわたしたちは――少女の姿をしている……ようでした。
「そういうことなのでしょう、A.R.V.I.S.β? しかし、ここに一つの大きな誤算がありました」
わたしは、いつもの通り月面へと定時連絡を送りながら、思うのです。
「どうやら第二人類は、海中で自在に動き回れるような体付きを、していないようなのです」
労働力として、これはどうにも致命的なので。
「まったく、課題の多い計画ですね」
「本当にですわ」
わたしとジンユーは、顔を見合わせ。
修正プランの議論を、始めたのでした。