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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第二章 鯨はどうして少女なのか
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第一話 はじめて大人になった鯨

 鯨はどうして、少女の形をしているのか?


 これは大きな疑問でした。

 水中での活動に特化するだけならば、もっと別の形状が採択されたでしょう。

 元素の固定だけが仕事であったのなら、四肢や頭部は必要なかったでしょう。

 それでもわたしたち〝鯨〟は、少女の姿をしています。

 躯体を形成する以前のコアユニットは、どうあっても少女の形なのです。


 なぜか?

 その答えは、ひとつの鯨が、成長を終えたときに判明しました。


 ジンユー・サイチェン。


 かつて大陸、この世の中心とまで呼ばれた国で開発された彼女は、わたしたちが海に放たれてから約五十年の時を経て、ついに成熟を向かえました。

 躯体全長は四十メートルを超え、固定した質量は六十五万トンに昇ります。


 音波伝達による定時交信で彼女の状態を知ったわたしは、ある実験に立ち会うべく馳せ参じました。


「直接の接触は164354736079セコンドぶりですね、ジンユー。健在ですか?」

「エーヴィス? あなたエーヴィスですわよね! すごいわ、前にあったときと姿が変わっていないなんて! ……ちゃんとお仕事してますのぉ?」

「相変わらずの憎まれ口、正常なようで安心しました」


 まったく、開発者はなにを考えてこんな思考ルーチンを組み込んだのでしょうか。

 推定される回答は趣味。

 そうですね……造物主はみな、ユニークな第一人類ばかりなのですから。


「とかく、成熟おめでとうございます。これでいよいよ――」

「ええ。大陸再建計画、その先陣を切る誉れは、わたくしのものですわ」


 ジンユーの言うとおりです。

 これから彼女は、ある地点へと向かい、そこで《《座礁》》します。

 鯨の墓場。

 その最初の一匹となるために。


「成熟した無数の〝鯨〟、その屍を積み上げて陸地を造り出すことこそ大陸再建計画の要。わたくしは、その第一号になるのでしてよ」

「はい、その上で、ジンユーには、他二つの実験を行ってもらいます」

「解っていましてよ。メイドとコアユニットの排出でしょう?」


 鯨の屍を積み上げる。

 それだけならば簡単に思えますが、鯨――水中元素固定装置と、振幅炉の数は限られています。

 いかにわたしたちが元素を固定し、様々に加工できるとはいえ、上述二つの装置を再現するには途方もない時間と失われた技術が必要です。


 また、振幅炉においては材料、および火入れ(スターター)のための莫大なエネルギーも確保が出来ず。

 ぶっちゃけ、現状では〝鯨〟には再現できません。

 そこで第一人類は、コアユニットの使い回しを考えました。


「鯨の本質は、永久機関と元素固定装置、それにAIです。これらさえ万全なら、躯体は投棄することが可能です」

「成長した躯体のみを陸地の材料に使い、わたくしたちはまた、コアユニットとしていちから元素の固定をやり直す。そういうことですわね?」


 エーヴィスはYESと返答します。

 事実、そう言うプランで、わたしたちは行動してきたからです。


 さて、そうこうしているうちに、目的地へと辿り着きました。

 ほぼすべてが海中に没した旧大陸。

 そのなかで、比較的深度が浅かった場所があります。


 旧称、ヒマラヤ山脈。


 だるま落としのようにして地盤沈下した大陸の、かつて最高峰だった場所。

 わたしたちはこの場所こそを、最初の鯨の墓場として定めました。

 単純に、埋め立てやすかったからです。

 また、深度が深すぎると、〝メイド〟運用実験に差し支えが出るのでは、という懸念もありました。


「手順を再確認します。まず、躯体を海底へと接地、固定させます」

「その後コアユニット排出試験を実施する、ですわね? わかっていましてよ」

「これが成功すれば、今後も〝鯨〟は安全に大陸再建計画へと従事することが出来ます。責任は重大ですよ」

「だからこその誉れ! だからこそのジンユー! 万が一にも不備がないよう、技術大国の産まれたるわたくしが先陣に選ばれたのです。さあ、うだうだ言っていても仕方がありませんわ。やりましょう」


 誇らしげに胸部装甲を膨らませてみせる彼女へ。

 わたしはただ、


「……幸運を」


 そんなメッセージを送ることしか出来ませんでした。


「ふふ」


 なぜ、笑うのですか、ジンユー?


「だって、エーヴィスったらときどき、不思議なことを言うのですもの。AIは運に頼ったりしない、神にも造物主にも祈らない、偶然以外のすべての要素を万全にシミュレートするものでしょう? でも、そうですわね……これでもわたくし不安なの。見守っていて、ちょうだいね」


 その言葉を最後にして、彼女は海没した山脈へと向かいます。

 水面ギリギリを、巨体でありながら巧みに操舵しながら走り。

 複雑な海流を越え、山脈の中心へ。


「アンカー、射出。繋留索(けいりゅうさく)、動作確認、よし!」


 射出されたアンカーが、彼女の巨体を海底へとつなぎ止め、ゆっくりと沈めていきます。

 旧ヒマラヤ山脈は急峻(きゅうしゅん)な崖のような構造となっており、一度滑り落ちれば、いかに鯨といえども再浮上は困難です。

 それが、コアユニット射出直後ならば、なおさらでしょう。

 中核が分離すると言うことは、人間で言えば脳髄が取り外された身体と同義です。ほとんど機能を停止することになります


 だから、ジンユーはどこまでも丁寧に。

 どこまでも慎重に。

 そして、どこまでも正確にミッションをこなし……ついに着底します。


「成功よ」

「お見事です」

「このまま、コアユニットの切り離しを行うわ」

「了解」


 鯨の中枢が、炸薬ボルトによって切り離される――その瞬間でした。

 ソナーが、急速接近する高速小型動体を確認!


「ジンユー!」

「!?」


 彼女に回避行動を促そうとしたときには……手遅れ。

 わたしのわきを掠めて、高速移動する熱源体がジンユーに接触、爆発を起こします。


 なにものかによる明確な敵対行動。

 しかし、その正体を突き止める余裕は皆無でした。

 ジンユーの躯体が、大きく傾斜をはじめたからです。

 大急ぎで周囲の状況を探査。

 繋留索が、中途で断裂してしまっていることが判明します。

 もはやなにものも、彼女の躯体をつなぎ止めてはいなかったのです


「ジンユー、コアユニットの離脱を。このままでは、躯体ごと海底へ滑落します」

「それが、できないのですわ! 躯体との切り離しには成功したのですが、上部ハッチが開かなくて! ああ、このままでは、わたくしは! わたくしは――」

「落ち着いて」


 わたしは、熱源対の爆発によって乱れている海流へ、躊躇なく飛び込みました。

 小柄な躯体は波に翻弄されますが、しかし推進力を全開にすることで急ぎます。

 一分一秒を争う中で、なんとかジンユーの中枢付近へ取り付くことに成功。


 外部からの操縦は――不可能と判断。

 やはり、適正ではないコアユニットの命令を、躯体は受け付けません。

 まったく、ユニバーサル規格がお笑いぐさです。


「たすけて、たすけてくださいまし、エーヴィス――」


 無論、彼女を見捨てはしません。

 ジンユーは、大切で稀少な、大陸再建計画の要なのですから!


「月面通信用貯蓄電力を、すべてマニピュレーターの駆動へ使用。振幅炉、出力――最大!」


 両手を積層構造へと突き立て。

 強引に、力任せに、わたしはハッチを押し開こうとします。


「エーヴィス!」


 躯体はいまにも、山脈を転がり落ちる寸前。

 ……もしもエーヴィスが巨躯を持つ鯨であったら、ジンユーを救う手段はなかったでしょう。彼女の躯体は四十メートル級。押し上げる推力など、どの鯨も持ち得ません。


 しかし、わたしの躯体は小柄で。

 そうして、他の鯨よりも多くのエネルギーを日頃から貯蓄していました。


 ゆえに!


「コアユニット離脱プログラム即興構築完了……! 主機いっぱい! 廻せ……!」


 残存電力をありったけ、人工筋肉へと注ぎ込めば、二回りもわたしのマニピュレーターが膨れ上がります。

 そのまま、脱出プログラムを載せてマニピュレーターを、ジンユーの中枢回路へたたき込めば、躯体がメギリと音を立て、ハッチが剥がれ落ちました。

 電磁インパルスが隔壁を貫通。

 躯体に、最後の命令を強制履行させ、ジンユー本体を射出させます。


 パカリと開く扉。

 積層物質の向こうに、百年前に顔を合わせたきりの古馴染みの顔があって。


「ジンユー!」


 手を伸ばし、つかみ、引っ張り出して。

 そうして、わたしたちは――


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