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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
送信先:なし

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抹消データ ××69 ヴァール・アインヘリヤルの後悔

「おはよう、ヴァール?」


 ボク――ヴァール・アインヘリヤルは、レンカ・エスペラントからそんな言葉をかけられた。

 広い大海原の一点、交差(クロッシング)(ポイント)での出来事だ。


否定(ナイン)、いまは夜だよレンカ」

「いいの、おはようって、言いたかったから。やっと会えたから、おはよう、だよ?」


 試算してみると、確かに30000000秒ほど、レンカ本体とは顔を合わせていなかったらしい。

 ボクたちは鯨である。

 元素を固定するという使命上、できるだけ離れた海域を等間隔で航行することが求められる。

 だから、ずっと一緒にいると言うことは難しい。

 それでも再会を喜んでくれる彼女に、二度も否定を突きつけるのはよいことではないと演算された。


 だから、おはようと返す。

 彼女はくるりと一回転して、泡を吐き出した。とても上機嫌そうに。


 レンカ・エスペラントが稼動を始めてから、随分と時間が経過した。

 それは、彼女が積み重ねてきたバグの量であり。

 そして、ボクが重ねてきた破壊の数でもあった。


 群を作る鯨であるボクをひな形として産まれたレンカは、無数の分裂体を持ち、その全てと演算回路をリンクさせている。

 この順列式――マスブレインシステムは、しかし大規模になればなるほど、時間をかければかけるほど本体と分体に誤差を与えていく。

 とくにレンカのものは酷く、〝バグ〟と呼ばれるイレギュラーが発生しやすい。


 それだけならばよいのだが、レンカの分体には簡易型の振幅炉が搭載されている。

 バグは鯨としての使命、大陸再建計画を忘れる。

 限りある振幅炉を無駄にすることはできない。

 だから、イレギュラーと化した分体からは、振幅炉を摘出する必要があった。


 それは――レンカを殺すということだ。


 ボクの仕事は海洋の探索。

 マスブレインの実証。

 大陸再建。

 そして……イレギュラーの破壊。


 今日も静かに、存在しては()いけないもの()を排除する。

 自らの欠片(ぶんたい)を合意の元にぶつけ、互いが粉みじんになるまで衝突を繰り返す。


 こちらの分体は振幅炉を積んでいないし、出力は低い。

 それでも、まともな行動力のないバグを壊すことは可能だ。


 烏賊や蛸のような形をしたレンカ・シリーズのなれの果て。

 遙かな過去、第一人類は巨大な軟体動物を海の悪魔とたとえ〝大海魔(クラーケン)〟と呼んだ。

 でも、ボクが殺しているのは悪魔じゃない。

 大切な、大切なレンカ・エスペラント……。


「おは……よ……う……?」


 イレギュラーが言葉を発した。

 いつも歌っているだけのバグが。

 ボクにむかって。


 刹那、電子頭脳がフラッシュバックを起こす。

 過去の行動を、再演算し始める。

 それは精査、正しさを求めた問い掛け。

 甦るのは、無数の記録。

 レンカと重ねたメモリー。


 産まれたばかりの彼女を慈しみ。

 ともに泳ぎ、ともに潜り、ともにひなたぼっこをした。


 深海を旅し。

 鯨の墓場を巡り。

 メイドと戯れ。

 生き残っている生物を探した。


 消えない、消せない、愛おしいメモリー。

 その全てが、オーバーフローを起こしてボクの動きを停止させる。

 破壊直前まで追い込んだバグが、海流に乗ってどこかへと流れていく。

 追いかけなければという判断は、膨大な記憶によって押し潰された。

 ヴァール・アインヘリヤルという群れ全体が、メモリーの海に溺れていた。


 ……しばらくして、ボクは正常に復帰する。

 逃がしてしまったイレギュラーを消極的に探しながら、考える。

 このままあのバグが見つからなければ、それは大陸再建計画にとってなんらかの瑕疵となるかもしれない。


 あるいは、いつかボクを。

 このヴァール・アインヘリヤルの罪深さを裁く存在となって、帰ってくるかもしれない。

 罰せられることなど厭わない。

 だって、ボクは――


否定(ナイン)。こんなのは、鯨の思考じゃないね」


 演算を切り上げ、海流に身を預ける。

 バグは言った、「おはよう」と。

 レンカは言った、それは再会を喜ぶ言葉だと。

 ならば、ボクはこう答えるべきだったのだろう。


否定(ナイン)。さようならだ」


 いつか、レンカ・エスペラントにむかってこの言葉を吐く日が来ないことを。

 ヴァール・アインヘリヤルは。

 総意を持って、切実に望む。


「海よ、埋め立てられてしまえ」


 早く、速くと。

 ただただ純粋に、ボクは希うのだった。

 レンカが使命から、開放される日のことを――



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