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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
終章 鯨は海を満たしたか

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最終話 鯨たちの骨に埋め立てられた惑星は、どんな未来に至るのか

 クリード・マックベインが、耐久年数を終えて――兵器を作る鯨としての使命を全うし、沈黙してから二百年ほどが過ぎました。


 彼女が増産してくれた簡易振幅炉は、今日もレンカシリーズの心臓として、世界中の海で陸地を作るエネルギーを生成しています。

 レンカシリーズは、必要数と思われた百頭を超えて、最も活発に活動する鯨となりました。

 並列分散リンクによる学習能力と探知能力の高さから、高度な連携を取りつつ、海水中の元素を効率よく固定化してくれています。


 その中心にいるレンカ・エスペラントは、なぜだかヴァール・アインヘリヤルについて回ることが多くて、ときおり円卓〝鯨〟会議の議題になったりしました。


 もっともほとんどの場合は大目に見られてしまうのが、彼女たちの関係性を如実にして現していたと言えるでしょう。

 当然です。

 ヴァールは……自らバグを処理する道を選んだのですから。


 カフとキートによる超深海対策は、一区切りとなりました。

 大まかな地形図が完成し、水中火山や熱水噴出口の特定が出来たからです。

 しかし、地形やプレートの動きは変わるものですから、これからも定期的な調査は必要であり、ふたりには期待を寄せています。

 できれば、今度こそ陸地を造るような、巨大な水中活火山を見つけてほしいものです。


 バレェン・ボン・ボヤージュによる電波中継基地は、いよいよ鯨の墓場を離れ、あらゆる海域へと広がっていきました。

 これこそが、レンカシリーズの並列分散リンクを後押ししたものでした。

 わたしたちも便利に使っており、以前のように音波通信を行うことは稀となりました。

 現在この海に鳴り響く音は、精々鯨の心音ぐらいのものです。


 ジンユーは、積極的にメイドとの接触を続け、常に改良点を見いだしています。

 あれだけコアユニットとして(まつ)られることを怖がっていた彼女ですが、いまではある区画の守り神のような扱いを受けています。

 メイドも86世代まで来て、寿命も二百四十年近くまで延びました。

 彼らは原始宗教に留まらず、社会性すら獲得しはじめているのです。


 鯨たちは、今日も大海を泳いでいます。

 では、わたしはどうでしょう?

 管理者たる、エーヴィスは?


 それは――


§§


 一つの吉報があります。

 鯨の墓場の頂点、新たな陸地を中心に、本当に小さな規模ですが、生態系が発生しました。


 件の〝キノコ〟による浄化作用と、完成した土壌がもたらした奇跡のような産物です。

 もっとも、第一人類が生きていた頃のような複雑なものではありません。

 菌類たちが相互に活動しているだけのものです。

 ですが、間違いようのない命だと言えます。


 これが大きく広がっていけばという試算を何度もしていますが、あまり可能性が高いものではありません。

 できるだけ確度が上がるよう、こちらでも調整をしていきますが、できればそちら(・・・)からのバックアップも欲しいです。


 レンカシリーズについてですが、やはり並列分散リンクと、疑似振幅炉、簡易元素固定装置の危険性については、ここで述べておこうと思います。

 大量生産され、いくつもの意志がつながり、一つの個を形成するレンカシリーズ。

 しかし、フィードバックの基点の関係上、どうしてもそこには誤差が生じます。

 これまで何度となく報告してきたとおりです。

 マスブレインシステムは、抑止(よくし)にはなっても、完全な防止機構としては機能しません。


 事実として、すでにヴァール・アインヘリヤルは複数回、〝バグ〟を解体しています。

 この〝バグ〟は、疑似振幅炉が汲み上げるエネルギーを、簡易元素固定装置に付随するAIの誤った判断で固定化することで、異形の躯体を形成します。

 遠くない将来、〝バグ〟は鯨にとって、なによりレンカ・エスペラントにとって、たいへんな禍根(かこん)を残すでしょう。

 対応を、どうか検討して下さい。


 …………。

 返答がないため、こちらでもプランを立案しました。

 バグは、周囲の鯨を取り込もうとする性質があります。

 危険です、たいへん危険です。

 いまはまだ可能性に過ぎませんが、いつか再び、角持つ鯨が現れないとも限りません。


 わたしたちには、プランBを実行した責任があります。

 レンカシリーズを生み、イッカクを打ち砕いた責任があります。

 そして、そのすべては管理者たるわたしが負うべきものです。


 わたしは、自らの躯体の拡張、肥大化を提言します。

 いつかまた鯨同士が戦うようになってしまったとき、抑止力となり得る躯体を形成します。

 大きく、どこまでも大きくなろうと考えているのです。


 これについての、意見を求めます。

 答えがない限り、わたしは肥大化を続ける所存(しょぞん)です。


 肥大化は、モビーディックを中核として行います。

 兵器たる鯨を、戦闘特化躯体を中心に実行します。

 ゆえに、私はエーヴィス・モビーディックを、これからも名乗り続けるでしょう。


 すべての鯨を束ねる、孤独な鯨として。

 この、鯨たちの骨で覆われた惑星から。

 あなたへと、提言を送り続けます。


「聞こえますか、A.R.V.(つきの)I.S.β(わたし)? あなたから、この星はどう見えていますか? どうか、返答を願います。願います」


 わたしは、どこまでも深く、海の底へと潜りながら。

 月へと問いかけを続けます。

 この二千年、一度も返答のないもうひとりの自分へと向かって。


「返答を願います。願います」


 深海はどこまでも静寂で。

 このメッセージさえも届くあてを知らず。

 ただ。


「願い、ます」


 わたしのリアクターの音が。

 52Hzの心音(ウタ)だけが、孤独に、どこまでも響き渡っているだけなのでした。


「返答を、願います」


 繰り返すメッセージと同じよう。

 鯨たちの物語は。

 ここからも長く、記録に残らないまま(なが)く、終わることなく続いていきます。

 だからさながらエーヴィスの心音は。


 はじまりを告げる鐘の音に過ぎなかったのだと。


 次に浮上するとき、わたしは思い返すのでした。




鯨骨惑星群集~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~ 終






最後までお付き合いいただきありがとうございました。

これにて鯨たちの物語は幕を閉じ、深く静かに潜っていきます。


読み終えて面白かったようでしたら、下にあります評価欄をクリックして★★★★★評価にしてくれると作者がたいへん喜びます!

面白くなければ★☆☆☆☆としていただけると、精進しようとがんばります。


感想やレビューなどいただけたら、次回作へ反映されるかも知れません。

どうぞよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[一言] とてもワクワクしながら読みました。どんな展開になるか楽しみで一気読みしてしまいました。面白いです。 あのぉ、出来たら、その、番外編とか後日譚を切望します。 あ、ヴァール推しです。だけど月との…
[一言] 完結お疲れ様でした! 月の私、そして冷凍保存されているはずの人類はどうなったか。それはこちらの私にはわからないことなのでしょうね。物事が回って希望を感じながらもどこか不穏さの残る終わり方が、…
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