最終話 鯨たちの骨に埋め立てられた惑星は、どんな未来に至るのか
クリード・マックベインが、耐久年数を終えて――兵器を作る鯨としての使命を全うし、沈黙してから二百年ほどが過ぎました。
彼女が増産してくれた簡易振幅炉は、今日もレンカシリーズの心臓として、世界中の海で陸地を作るエネルギーを生成しています。
レンカシリーズは、必要数と思われた百頭を超えて、最も活発に活動する鯨となりました。
並列分散リンクによる学習能力と探知能力の高さから、高度な連携を取りつつ、海水中の元素を効率よく固定化してくれています。
その中心にいるレンカ・エスペラントは、なぜだかヴァール・アインヘリヤルについて回ることが多くて、ときおり円卓〝鯨〟会議の議題になったりしました。
もっともほとんどの場合は大目に見られてしまうのが、彼女たちの関係性を如実にして現していたと言えるでしょう。
当然です。
ヴァールは……自らバグを処理する道を選んだのですから。
カフとキートによる超深海対策は、一区切りとなりました。
大まかな地形図が完成し、水中火山や熱水噴出口の特定が出来たからです。
しかし、地形やプレートの動きは変わるものですから、これからも定期的な調査は必要であり、ふたりには期待を寄せています。
できれば、今度こそ陸地を造るような、巨大な水中活火山を見つけてほしいものです。
バレェン・ボン・ボヤージュによる電波中継基地は、いよいよ鯨の墓場を離れ、あらゆる海域へと広がっていきました。
これこそが、レンカシリーズの並列分散リンクを後押ししたものでした。
わたしたちも便利に使っており、以前のように音波通信を行うことは稀となりました。
現在この海に鳴り響く音は、精々鯨の心音ぐらいのものです。
ジンユーは、積極的にメイドとの接触を続け、常に改良点を見いだしています。
あれだけコアユニットとして祀られることを怖がっていた彼女ですが、いまではある区画の守り神のような扱いを受けています。
メイドも86世代まで来て、寿命も二百四十年近くまで延びました。
彼らは原始宗教に留まらず、社会性すら獲得しはじめているのです。
鯨たちは、今日も大海を泳いでいます。
では、わたしはどうでしょう?
管理者たる、エーヴィスは?
それは――
§§
一つの吉報があります。
鯨の墓場の頂点、新たな陸地を中心に、本当に小さな規模ですが、生態系が発生しました。
件の〝キノコ〟による浄化作用と、完成した土壌がもたらした奇跡のような産物です。
もっとも、第一人類が生きていた頃のような複雑なものではありません。
菌類たちが相互に活動しているだけのものです。
ですが、間違いようのない命だと言えます。
これが大きく広がっていけばという試算を何度もしていますが、あまり可能性が高いものではありません。
できるだけ確度が上がるよう、こちらでも調整をしていきますが、できればそちらからのバックアップも欲しいです。
レンカシリーズについてですが、やはり並列分散リンクと、疑似振幅炉、簡易元素固定装置の危険性については、ここで述べておこうと思います。
大量生産され、いくつもの意志がつながり、一つの個を形成するレンカシリーズ。
しかし、フィードバックの基点の関係上、どうしてもそこには誤差が生じます。
これまで何度となく報告してきたとおりです。
マスブレインシステムは、抑止にはなっても、完全な防止機構としては機能しません。
事実として、すでにヴァール・アインヘリヤルは複数回、〝バグ〟を解体しています。
この〝バグ〟は、疑似振幅炉が汲み上げるエネルギーを、簡易元素固定装置に付随するAIの誤った判断で固定化することで、異形の躯体を形成します。
遠くない将来、〝バグ〟は鯨にとって、なによりレンカ・エスペラントにとって、たいへんな禍根を残すでしょう。
対応を、どうか検討して下さい。
…………。
返答がないため、こちらでもプランを立案しました。
バグは、周囲の鯨を取り込もうとする性質があります。
危険です、たいへん危険です。
いまはまだ可能性に過ぎませんが、いつか再び、角持つ鯨が現れないとも限りません。
わたしたちには、プランBを実行した責任があります。
レンカシリーズを生み、イッカクを打ち砕いた責任があります。
そして、そのすべては管理者たるわたしが負うべきものです。
わたしは、自らの躯体の拡張、肥大化を提言します。
いつかまた鯨同士が戦うようになってしまったとき、抑止力となり得る躯体を形成します。
大きく、どこまでも大きくなろうと考えているのです。
これについての、意見を求めます。
答えがない限り、わたしは肥大化を続ける所存です。
肥大化は、モビーディックを中核として行います。
兵器たる鯨を、戦闘特化躯体を中心に実行します。
ゆえに、私はエーヴィス・モビーディックを、これからも名乗り続けるでしょう。
すべての鯨を束ねる、孤独な鯨として。
この、鯨たちの骨で覆われた惑星から。
あなたへと、提言を送り続けます。
「聞こえますか、A.R.V.I.S.β? あなたから、この星はどう見えていますか? どうか、返答を願います。願います」
わたしは、どこまでも深く、海の底へと潜りながら。
月へと問いかけを続けます。
この二千年、一度も返答のないもうひとりの自分へと向かって。
「返答を願います。願います」
深海はどこまでも静寂で。
このメッセージさえも届くあてを知らず。
ただ。
「願い、ます」
わたしのリアクターの音が。
52Hzの心音だけが、孤独に、どこまでも響き渡っているだけなのでした。
「返答を、願います」
繰り返すメッセージと同じよう。
鯨たちの物語は。
ここからも長く、記録に残らないまま永く、終わることなく続いていきます。
だからさながらエーヴィスの心音は。
はじまりを告げる鐘の音に過ぎなかったのだと。
次に浮上するとき、わたしは思い返すのでした。
鯨骨惑星群集~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~ 終
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
これにて鯨たちの物語は幕を閉じ、深く静かに潜っていきます。
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