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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第十二章 レンカシリーズは欠陥品か

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第五話 ここに芽生える命

 鯨の墓場へ辿り着くまで、わたしたちは多くの海を巡ります。

 基本的には超深海を潜り、元素を固定し、エタノールを作るために、日中は水面へと浮上。

 鯨の墓場で分離したコアユニットは、躯体を大きくするために、墓場の周囲をぐるぐると回り。

 それから深海へと、緩やかに居場所を移していきます。

 それは、丁度円を描くように。

 下向きの螺旋(らせん)(しる)すような、行動範囲の遷移(せんい)です。


 そうして躯体が成熟し、最後のときになると、再び鯨の墓場へと戻ります。

 そこは、もとより海が浅かった場所で。

 いま、とうとう陸地へと変わった場所でもありました。


「……ずいぶんと、長くかかってしまいました」


 打ち寄せる波の音。

 空を()くものはなく。

 海にはレンカシリーズが満ちている。


 潮流は陸地を削り、それをメイドたちが埋め立て。

 レンカたちが押し寄せて、(いしずえ)盤石(ばんじゃく)とする。

 一面に広がるのは、無数の物質が混合された錆色(さびいろ)の大地。


「レムリア2と、もう少し大きくなったら名をあげましょう。きっと、皆も了承してくれるはずです」


 そんな独白をしながら。

 わたしは躯体から、コアユニットを分離して。

 鯨として、はじめて陸へと上がりました。


 鯨である以上、大気組成を気にする必要はありません。まだまだエタノールが合成できると思うだけです。

 だから、第一人類のように感慨はなく。

 わたしは、マニピュレーターの中の〝もの〟にこそ、思いを()せていました。


 イッカクの住み処、南極基地で見つかった、〝キノコ〟。


 重金属と貴金属を多量に含有した鯨の、その躯体が積み重なって出来た陸地には、命が芽生えることはありません。

 いかに元素固定装置によって有機物を生み出せても、結果は同じです。

 だから、この〝キノコ〟を植える必要がありました。


 陸地の汚染物質を分解し、死んだメイドを分解し、土壌へと変える菌類。

 わたしは、大陸再建計画を次のステップへと進めるため、この〝キノコ〟とともに、陸地へと上陸したのです。


 カプセルを、そっと陸地へと突き立てます。

 プシューっと固定用のガスが排出され、周囲に胞子が散布されました。

 見届けて、わたしは一度、その場を離れます。

 そうして。

 百年の月日が経過して――


「見えていますか、イッカク……?」


 再び上がった陸地には、命がありました。

 僅かではありますが、定着したキノコが増えて、コロニーを作っていたのです。

 ごくごく微量ではありましたが、彼らが分解した鯨の廃棄躯体――陸地とメイドの遺骸は、土へと変わっていました。


 いまは、風に吹かれれば消えるような表土に過ぎません。

 それでも、いまここに、たしかな命が息づいているのです。


「イッカクは、この星に命がなくなることを、本当に悲しんでいましたね」


 でも、どうか見て下さい。

 あなたの遺産が、世界を変えていくのです。

 確かに芽生えた命が、この星に未来を(とも)すのです。


「あと何千年か。それとももっと多くの時間が必要になるか、現状では試算できませんが。しかし、イッカク。わたしは、決して諦めません。あなたという存在と引き換えに選び取った、この未来を」


 大陸再建計画を。


「きっと、遂行してみせます」


 だから、イッカク。


 この海原で。

 どうか、どうかいつまでも、微睡(まどろ)み、眠っていて下さい。


「それが、わたしがあなたに(たく)す、願いです」


 進捗を見届け。

 海へと戻りながら、思います。


 イッカクに、わたしたちのような固有名はありません。

 群れるわけでも、開拓者でもないからです。

 識別の必要がなく、正規ナンバーでもないからです。

 それでも、わたしは彼を、こう呼びたくて仕方がありませんでした


 回路の奥からせっつかれるような、リアクターの奏でるメロディに乗せて。

 その名を呼びます。


 さようなら、イッカク。

 イッカク・スリーピング・プリンス――と。


 わたしは歌います。

 管理者として、友たちのために、彼女たちを知るための歌を。

 52Hzの心音を。


 この世界がよみがえるまで。

 わたしは、歌い続けるのです――





次回、最終回です。

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