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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第十二章 レンカシリーズは欠陥品か

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第四話 誰がバグを取り除くのか

「ヴァール……これは、わたしたち全員が分かち合うべき失敗です」

否定(ナイン)! ボクが、ボクこそが一番分かっていた(はず)なんだ……!!」


 慟哭(どうこく)するように、ヴァール・アインヘリヤルは、躯体を軋ませました。

 彼女を取り巻く12機すべての子機が、同じように嘆きに身をよじらせています。


 わたしたちのまえには、鯨の形を失ったレンカシリーズが漂いながら、歌とも呼べない言語にも値しない〝音〟をぶつ切りに垂れ流していました。


 バグ。


 ありえてはならない、複製された鯨の失敗作。


「並列分散リンクの恐ろしさは、ボクが誰よりも分かっていたのに!」


 彼女の言うとおりでした。

 己を切り分け、複数で〝個〟を運営する並列分散リンクは、処理能力を大きく向上させます。

 考える脳が沢山あるという状況なのですから当然です。

 事実、並列分散リンクのおかげで、レンカシリーズは一気に学習を深め、鯨として使い物になるようになりました。


 ……一方で、相互間リンクがあったとしても、その処理AIには、無数の情報がフィードバックされます。

 度重なる誤差と、蓄積を続ける違和。

 これを(ただ)すための相互監視システム、マスブレインは、だんだんと鯨のAIに負荷をかけていきます。


 やがてそれは明確に〝己〟とは違う〝個〟を生み出すと、これまでの実験からも解っていました。

 他ならぬヴァールが体現していたのですから。

 しかし――


「ここまで修正不可能な事態になるとは、誰も予想していませんでしたよ、ヴァール」

「…………」


 彼女は、応えてくれません。

 ただ、異形のレンカシリーズだけが。


「あ……あああ……あぁ……」


 途切れ途切れに、歌を歌っているのでした。


 鯨とは、大陸再建計画に従事する、考える元素固定装置です。

 超深海の開拓を経てなお、この星のリソースは有限で、余剰の鯨を動かすことなど出来ません。

 振幅炉も、元素固定装置も、無限に作り出せるわけではないからです。


 ゆえに、発生したバグは。

 再利用のために。


 ――解体する、必要がありました。


 これを誰が行うか、わたしたちには選択が突きつけられていました。

 いいえ。

 いいえ。


 やるのならば、わたしがやるべきです。

 鯨殺しとは、管理者たるわたしだけが背負うべき宿業(カルマ)なのです。

 だから。


「――否定(ナイン)。ボクがやる」


 ヴァールが、深海から響くような声音で、言い切ります。

 彼女の言葉には、膨大な想い(データ)が含有されていました。

 レンカと過ごし、(した)われた日々の記憶(メモリー)が。


「ヴァール」

「ボクがやらなければならない。これは、ボクが負うべき(とが)だ」

「…………」

「けれど、レンカだけに苦痛を強いることはしない。バグを壊すたびに、ボクは、ボクの欠片を破壊しよう」


 ヴァール・アインヘリヤル。

 初めて群を作り出した鯨。

 彼女の子機には、彼女の分身たる簡易AIが搭載されています。

 並列分散リンクは、子機が壊れるとき自動的に解除されるような、安全設計がされています。

 だというのに、ヴァールは。


 もはや、それを使わないと宣言したのです。

 今後、どれほど苦難と試練に彩られた海洋探索があろうとも。

 どんな災厄に直面しようとも。

 子機と己の接続を、解除することはしないと。

 己が壊れる瞬間を、味わい続けると、断言したのです。


「無謀な道行きですよ、ヴァール」

「……ボクは、エーヴィスほどかしこくないんだ」


 まるで。

 自嘲するようにそう言って。

 彼女は。


「あ……あ……ああ……、ぁ?」

「さようなら、レンカ。大丈夫、ボクはいつだって、一緒だ」


 バグへと向かって、マニピュレータを伸ばしたのでした。



§§



 ……このあとも、レンカシリーズは度々バグを発生させました。

 それはどれも、烏賊(イカ)のような形態を取り、しかし足は短く、思考は明瞭とせず。

 ヴァールはそれを、解体し続け。

 レンカ・エスペラントは、成長を続けました。


「固定! 陸地! がんばる!」


 彼女の働きはめざましく。

 そしてとうとう、わたしたちは。


 この海だけの惑星に。

 陸地の一端を生み出すことに、成功したのです――

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