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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第十二章 レンカシリーズは欠陥品か

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第三話 バグ

 クリード・マックベインの尽力(じんりょく)と、南極基地の解析が進行したことで、レンカ・シリーズの増産体制は整いました。

 一方で、フラグシップとしてのレンカ・エスペラントは、他の鯨たちからいくつもの薫陶(くんとう)を受けながら、すくすくと躯体を大型化させていたのです。


「おはよう、こんにちは、おやすみなさい」

「そうです、レンカ。これは挨拶です」

「あいさつ、なに?」

「造物主から受け継いだ、願いのようなものですね。おはようならば、ともに朝を迎えられた無事を。こんにちはなら、今日も一緒である事への感謝を。おやすみなさいは――また会えることを願って、です」

「……レンカのマスター、エーヴィス。エーヴィス、なにを、ねがったの?」


 わたしは、その問い掛けに彼女へ寄り添うことで答えました。

 すべての鯨がそうでした。

 わたしたちはただ、彼女が大切だったのです。


 とくに、ヴァール・アインヘリヤルは、レンカの教育に力を入れていました。


「もぐる?」

肯定(ヤー)。ミネラルは海底のほうが豊富なんだ。より深く潜れる鯨は、より大きくなれる」

「キート、みたいに?」

肯定(ヤー)

「じゃあ、もぐる!」

「なら、ボクの子機をつけてあげよう」

「こき?」

「ボクの分身だ」

「ヴァールの、ぶんしん。なかま?」

「そうだね」

「なかま、なかま!」


 そうやって、彼女の子機とともに、レンカは何度も海底へと潜る練習をしました。

 レンカはどこまでもヴァールになついて。

 まるで本当の親子鯨のようでした。



§§



 さて、レンカシリーズの増産が決定して、幾つかの問題点が、あらためて浮き彫りになりました。

 ひとつは、元素固定能力の荒さです。

 もとより廉価版。いくつもの機能がオミットされていますから、わかりきっていたことではありましたが、レンカはそれほど大きくなれない鯨でした。

 また、カフのような堅牢さもありません。


 当初の計画である十五年スパンでは、5メートルが精々。

 フラグシップであり、実験機であるレンカ・エスペラントは例外的に年数を重ねて、40年間元素を固定させてみましたが……精々が10メートルまで成長するのがやっとでした。

 無論、その点を補うための増産体制です。

 想定の範囲内と言えます。


 次に問題視されたのは、AIとしての発育が遅れていることでした。

 万全の環境で、ビッグデータを用いて学習を行ったわたしたちと、急場でビルドされた彼女では、やはり差違が出ます。

 処理能力も心許(こころもと)なく、ときおりぼぉっとしています。


 しかし、これとて時間が解決するでしょう。

 わたしたちが見守り続ければ済む話なのですから。

 ……いえ、もっと画期的なブレイクスルーが、ありました。

 わたしたちは、その安易で革新的な道を、彼女が選ぶのを目にしたのです。


 レンカシリーズが本格的に大量生産されはじめたとき、レンカ・エスペラントは、並列分散リンクを使用することを選びました。

 そう、ヴァール・アインヘリヤルが子機との連携のために実装し、そして個性と呼べるほどの誤差を生み出してしまった、あのシステムです。

 わたしたちが、イッカクとの戦闘以来封印しているシステムでもありました。

 全員が、マスブレインシステムの影響を受けることを避けるためです。

 ですが。


「レンカ、かしこくなりたい。いっぱいつながる、すごくかしこくなる。ヴァール、かっこいい。レンカ、がんばりたい」


 精一杯に選んだ語彙(ごい)でそう訴えられれば、わたしたちには否定することなど出来ません。

 反対、できるわけがなかったのです。


 そうして、並列分散リンクによって、大規模な情報処理が可能になったレンカは。

 その日から、めきめきと成長していったのです。


「おはよう、エーヴィス。うみはすごくつめたいね」

「ここは星の極圏ですからね。海水はとても冷却されています」

「地球のおへそにいるんだ」

「……そんな言葉、どこで覚えましたか?」

「ないしょ」


 立派に自己を確立し。

 小さいながらたくさんの元素を固定して。

 百五十年が経った頃には、とうとうはじめての躯体廃棄――自力でのコアユニットの離脱まで出来るようになりました。


 その間にも、レンカシリーズは日増しに数を増やし。

 海を満たし。

 陸地を増やし。


 レンカ・エスペラント。

 彼女は、誰よりも働き者として頑張りました。

 とてもとても頑張りました。


 けれど――その残酷な日は、やってきてしまったのです。


「これは――鯨ではありませんわ……」


 困惑を隠せない様子で、ジンユーがそう言います。

 わたしたちの目の前には、一頭のレンカシリーズがいました。

 けれど、その形は。


巨大烏賊(クラーケン)


 鯨とは似ても似つかない、いくつもの〝食腕〟が後方へと伸びる、烏賊(イカ)の形をした、なにものか。

 〝それ〟は、レンカシリーズの声紋で。


「あぁ……あー、あああー」


 ……歌を、歌っていたのでした。

 何もかも。

 大陸再建計画のことも、わたしたちのことも、そして己自身のことも、忘れて――


 バグ。

 並列分散リンクの中で生じる、情報誤差の積み重ねの残酷な結果が。


 ただ、そこにはあったのでした。

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