レポート 4113 海底火山の噴火は、新たな陸地のきざはしとなるか
鯨の主な性能は、元素固定能力に特化しています。
なので、海水中の元素量などを測ることは出来ますが、空の上での出来事や、地殻の下での反応にまでは、あまり上手な探知が出来ません。
だからその日、私たちは本当に驚いたのです。
なにせ、わずか三日にして、大洋のド真ん中に、〝陸地〟が出来上がってしまったのですから。
――海底火山の噴火。
簡単に言えば、そういうことでした。
しかし、これは単純に割り切ってよいことではありません。
周知の通り、かつて大陸だった場所はドリーム・ハイドレートを掘削したことで、大規模な地盤沈下を引き起こしています。
当時最高峰と呼ばれていた山ですら、いまでは海面に届かないほどの低さまで沈降してしまっているのです。
海底は、第一人類が暮らしていた頃よりも遙かに深くなっていて、そんじょそこらの海底火山が噴火した程度では、海上まで堆積物が届くことはあり得ません。
ですが、奇跡は起きました。
海底プレートとマントル対流、さらに惑星コアの活性が極所的に重なった結果――すくなくとも、そう考えなければ判断がつかないのです――超巨大な海底火山が誕生し、噴火。
それは膨大な量の噴出物を吐き出し。
先に述べたとおり僅か三日をもって、ちょっとした陸地を作り上げたのです。
「鯨が百年をかけてやる偉業を、自然はたった三日でやり遂げてしまうのですわね……」
早速集まってきた仲間のなかで、ジンユーが感慨深そうに、あるいは忸怩たる思いでそのようにつぶやきました。
「慰めにはならないかも知れませんが、ジンユー。これでわたしたちの仕事がすこし楽になるかも知れませんよ?」
「……そうですわね」
苦みが強い喜びの通信を行い、彼女はジッと島を見詰めます。
さて、このまま眺めていたい気もしますが、そういうわけにもいきません。
早速わたしたちは、島の周囲を回遊しながら、海水の成分分析や、堆積物の調査をはじめました。
――島。
便宜上、島といっていますが、半径15メートルほどの、隆起物の塊に過ぎません。
噴出した様々な成分が、一カ所に固まっている状態です。
それでも、この2000年近い時間の中で、自然が生み出した唯一の陸地でした。
ジンユーは、ああ言っていましたが。
正直、わたしたちは感動してもいたのです。
いろいろなことがあった後で、みな休養を必要としていました。
ですが、鯨に休息は許されません。
働き続け、屍で海を埋め立てて、また働き――
そんななかで起きた、とびきりに喜ばしいイベントこそ、この島の誕生だったのです。
「名前をつけるのとか、どう?」
「いいな、素敵なやつがオレはいい」
「イベリコ島なんてどうなの?」
「否決する」
仲間たちが楽しそうに、本当に楽しそうに談笑を交わします。
有り体に言えば、舞い上がっていました。
思えば、長いときの流れの中で、ずいぶんとわたしたちも成長、変化してきたのでしょう。
AIとて、不変のものではないのです。
この通り、感情と呼べるものまでが、芽生えていました。
しかし、名前。
名前ですか。
大事なことだと、エーヴィスも思います。
なにせ、それは造物主から与えられる、祝福のようなものなのですから。
それから。
ウンウン唸って考えましたが、なかなかいいアイディアは浮かびません。
もちろん、みな仕事はしていました。
海水のサンプルを取ったり、活動中の火山の近辺まで潜行し、記録を行ったり。
一時的に海水成分内のミネラルが豊富になっているので、この場に留まると大きく成長できそうだと、カフなんかは喜んだり。
仕事は、していました。
ええ、誰がなんと言おうが、していたのです!
「レムリア、というのはどうでしょうか」
一昼夜悩んだあげく、アーカイブを参照することにしたわたしは、そのような提案を行いました。
レムリア――レムールと呼ばれたキツネザルの名前から取られた、仮説上の巨大大陸の名前です。
「なぜ、レムリアがいいんですの?」
「簡単ですよ、ジンユー」
「あ、わかった! あたし解った! 言いたい!」
カフがぴょんぴょんと跳ねるので、みな苦笑いし発言権を譲ります。
そのぐらい簡単な意味合いだったので、わたしも勿体ぶるつもりはありませんでした。
「どの大陸よりも、大きく育って欲しいから! でしょ?」
「その通りです、カフ」
レムリアは、超大陸パンゲアを除けば、空想上のものとは言え、最大の大きさを誇る陸地です。
だから、わたしは願ったのです。
まだちっぽけな、この小さくて頼りない陸地が。
この蒼海を覆いつくすほどの、巨大な大陸になることを。
「いいじゃないか、レムリア。オレは好きだぜ? 信じられる」
「キート」
「悪くない案なの」
「バレェン」
「承知、今回はボクもそう思う。ネーミングセンスのないエーヴィスにしては上出来だ」
「……ヴァール、あとでお話ししましょう」
「否定。ごめん被るね」
かくて、皆が頷きます。
皆が、賛同してくれます。
わたしは、嬉しくてマニピュレータを高く突き上げました。
そうして、新たな陸地へと祝福を送ったのです。
「あなたの名前は、レムリアです。よろしく、レムリア・アイランド?」
§§
レムリア島は、めまぐるしい変化を続けました。
「まさか、数日でここまで大きくなるとはな。オレも驚きだ」
「ちょっと羨ましい! 納得いかない!」
キートが面食らい、カフが憤ってみせたのも当然でした。
誕生からひと月、わたしたちからしてみれば本当に僅かな時間で、島は体積を倍にしていたからです。
「本当に、大きな陸地になるかも知れませんわね」
ジンユーは、嫌ですか?
「まさか! 大歓迎ですわ!」
それは、きっと鯨の総意でした。
わたしたちは入れ替わり立ち替わり、暇を見つけてはレムリア島へと顔を出しました。
とてもとても忙しかったですが、なんとしてでも見届けたかったのです。
「はやく大きくなぁれなの」
バレェンは光学カメラを近海に浮かべて、その姿を常に撮影し続けました。
「肯定。ボクも記録をつけよう」
ヴァールは細かく状況の記録をつけ、それは日誌のように積もり重なっていきました。
半年が過ぎるころ、レムリア島の横に、さらに小さな島が出来上がりました。
わたしたちはこれに、ムーという名前を与えます。
レムリアの次に大きくなるようにという願いを込めてです。
「……島って、くっ付くのですね」
レムリアとムーは、わたしたちを驚かせるのがとにかく得意でした。
観測から八ヶ月が過ぎたとき、ふたつの島は連結され、U字の形となり、さらに大きく成長していたのです。
「雨なの」
あるときは、大嵐がやってきて、気が気ではない鯨が集まります。
からりと晴れた一週間後、そこには中央に湖が出来上がったレムリア・ムーの姿がありました。
アメイジングです。
完全に予想を超えてきます。
素晴らしいポテンシャルです!
無邪気に、計算を超えて、鯨たちは島を見守りました。
その成長に、一喜一憂しました。
作られたばかりの頃は考えられないほど雄弁に、わたしたちはレムリアとムーについて語り続けました。
「きっと素晴らしい陸地になるの」
「ええ、そう信じたいですわね」
「オレは信じるさ。これまでだってそうしてきたからな」
「肯定。キートの言葉には説得力と、裏打ちされたデータがあるね」
「ぐぬぬぬ……あたしだって負けずに大きくなってやるんだから……!」
「カフはまだ、大きさを気にしているのですね」
ただ楽しく。
凸凹で、充実した時間が流れました。
そして。
それから一年が経って――
レムリア島は、この世から消滅しました。
地殻変動?
天変地異?
いいえ、ただの潮汐力により、削り取られて海の藻屑となったのです。
最終的なサンプリング調査の結果――これまでは島を大事に思うあまり、最低限の掘削採取も行っていませんでした――島の構成成分は、単なる軽石だと判明しました。
浮かび上がった堆積物は、軽石――ありきたりなパミスという火砕物に過ぎず、波が押し寄せ、ぶつかり、削り取る力に、耐えきれなくなって。
そうして、儚くこの世から消えていったのでした。
わたしたちはとても残念に思いました。
しばらくの間、塞ぎ込みもしました。
それでも、同時に強く、こうも思い直したのです。
やはり鯨こそが、この地球に大陸を築かなければならないのだと。
そう、大陸再建計画は――
わたしたち鯨が、やり遂げるべき使命なのだと!
だから。
もしもこの世に、本当に不動の陸地が、鯨の屍を積み上げて陸地が出来上がったのなら。
そのときこそわたしたちはこの名を、万雷の祝福とともに贈るのです。
おかえり、レムリア――と。




