第三話 プランB本格始動
「――なんとまあ。儂はお役御免じゃと思っておったがの」
合流したクリード・マックベインは、開示された情報の処理が追いついていない様子で、そんなことを言いました。
「いいえ、クリード。たしかにあなたは、一度限りの兵器制作が役目の鯨です。ですが」
「解っておるわい。造物主たちが続投を願うのじゃ。舞台から降りるのは早いという事じゃろう。というより、ここからが本来の役目なのじゃな」
解ってもらえてなによりです。
さて、ここからは忙しくなるのが目に見えています。
わたしは早速速力を全開にして、イッカクによって断裂されてしまった通信網の整備に勤しんでいるバレェン・ボン・ボヤージュの元へと向かいました。
「要件は解っているの。振幅炉の解析をやれというのなら、もちろん頑張るの」
やはり、彼女の方でも情報の開示があったらしく、こちらの言いたいことを先回りしてくれます。
「最低限、中継基地の修復が済んだら、すぐに南極へ向かうの」
「現地にはクリードもいます。合同で解析と再構築をお願いします」
「了解なの。でも……」
でも、なんでしょうか。
「エーヴィスなら解っていると思うけれど、試算した結果、すべての行程を終えるには三百年以上の時間が必要になると思われるの。実験も、失敗することもあると思うの」
……大丈夫です。
それでいいんです、バレェン。
だって。
「わたしたちは鯨です。長い時間を過ごすのには、慣れていますからね!」
§§
それから、わたしはすべての鯨の元を巡りました。
ジンユー・サイチェンには鯨の墓場を拡張するための準備と、メイドの疑似光合成に代わるエネルギーの調達方法を考えて貰うことにしました。
「わたくしのタスク、困難すぎるのではありませんこと!?」
なんて悲鳴を上げていましたが、きっと彼女ならやり遂げてくれることでしょう。
なにせ、メイドが服飾品に使うからと、体内で合成する人工宝石の量をこっそり増やしているようなやさしい鯨なのですから。
キート・ベールヌイは、すでに自らの役割を把握していました。
カフ・フロンティアと共同で、より効率的に躯体が成熟しやすい方法を模索してくれると約束してくれました。
「オレとしては海底火山浴をするのが一番だと思うのだ。きっとこれは正しい」
「水面下一万メートル以上での活動を推奨するんじゃないわよ。あんた、結構無茶苦茶言うわよね……でも、そうね。比較実験は大切かも。いつだって一歩を踏み出すものだけが、新天地に向かえるんだから!」
いつの間にか仲良くなっているふたりが、わたしの光学カメラにはすごく眩しく映りました。
そうして、おそらくこれから一番たいへんであろう仲間とも、もちろん顔を合わせました。
「肯定。ボクはとっくに大忙しだ」
ヴァール・アインヘリヤルは、やっと数を戻したばかりの子機たちと、頭をくっつけて話し合いをしている真っ最中でした。
それもそのはずです。
わたしたちが託されたのは、大陸再建計画プランB。
これは、鯨を増産することで、より速く海を埋め立て、陸地の産出を加速させようとする計画です。
そうして、現状わたしたちのなかで、鯨を増やすノウハウを持っているのは、ヴァールだけなのでした。
「エーヴィスたちに、子機の作り方を教えるわけじゃない。それだけですこし気が楽だよ」
「そうですね。ヴァールにお願いしたいのは、子機量産能力を工場化することです」
いうなれば、わたしたちはこれから、鯨を増産する工場を作る……ということになります。
ベースとしては、クリード・マックベインの特殊性を基底に用い、南極ベースを改造。
ありったけの技術を結集して、鯨を生み出すのです。
新たな仲間を、増やすのです。
「ヴァール、これはとても、とても優先度の高い、重大な仕事ですが……頼めますか?」
「肯定。極めて肯定。きっとなんとかしてみせよう。それが、ボクらに託された使命と願いなら」
「……はい」
ところで、と。
彼女はわたしに問い掛けます。
「新たな鯨を生み出すなら、名前が必要になるんじゃないかな?」
「それならすでに決めているのです。なにせ、エーヴィスはかしこいので!」
「……否定。なにかすごく悪い演算結果が出ているんだけど……それで、どんな名前を?」
はい。
「レンカシリーズと、名付けようと思っています」
「レンカ? よい響きだけど……意味は?」
意味、ですか?
「埋め立て機能に特化するため、諸々機能をオミットすることになると思うのです。なので、廉価版ということから、レンカシリーズと」
「――否定」
彼女は、これまで聞いたこともないような複雑な合成音声で。
「きみは、名付け親に向いていないよ」
……なんだかとても、酷いことを言ったのでした。
かくして。
これまでよりもよほど忙しく。
そして、よほどたいへんな五百年が、幕を開けたのです――




