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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第九章 角持つ鯨は乳海攪拌の夢を見たか

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第三話 白鯨-モビーディック-

 イッカクの銛が、わたしの躯体(からだ)を貫いたとき。

 この瞬間を待っていましたと、電子頭脳は叫びました。

 完全に躯体が刺し貫かれるよりも速く――彼が炉心を避けてHEATパイルをたたき込んでくるのは予測が付い(わかっ)ていたので――わたしはコアユニットを排出したのです。


 身軽な身体となったわたしは、イッカクが勝ち誇る中、バブルウォールを抜けて、外海へと泳ぎ出ました。

 そして、そこに待機していたクリードへ。


「本当にいいんじゃな?」

「はい。わたしは、最後までやり遂げます」

「……最後、か」


 彼女の内部へと、進入します。

 そこにあったのは、戦闘特化躯体〝モビーディック〟。

 クリードの体内において建造されていた兵器としての〝鯨〟。

 その躯体に、わたしは己をゆっくりと横たえ、接続、一体化。


 そして、いま。

 わたしは、イッカクと相対したのです。


『なんだ……その白い躯体は……その巨躯は……』

「戦うための身体です。わたしが、あなたと正面から向き合うための。すべてを……背負うための覚悟です」


 巨大な白いマッコウクジラ。

 そんな印象を抱かせるこの躯体は、これまで鯨が(つちか)ってきたすべての技術と。

 なによりも、第一人類が残した兵器のノウハウが詰め込まれていました。


 これこそが、第三の〝戦術〟。


 並列分散リンクにより即応可能な連携を取り。

 バブルウォールによって音波を遮断(しゃだん)、わたしという存在を隠蔽(いんぺい)

 最後に、この戦闘特化躯体へと辿り着く。


 わたしたち全員が考え実行に移した、対イッカク戦闘プログラム。

 すべては順調にいきました。

 けれど。


「……イッカク。もう一度だけ、あと一度だけ問います。話し合いを、することは出来ませんか?」

「いまさら……いまさらなにを話す! 我と、汝らが! 大陸再建計画に従事する惑星の破壊者と、大海嘯計画を遂行する神使(しんし)たる我が! なにをっ!」


 ……そうですね。

 わたしたちはどうしようもないぐらい、出発点からして想いが違うのです。

 (たく)されたものが。

 背負って歩いてきた道が。

 全部違うのに、この一瞬だけ、交わっているのです。


『汝らは、すべて我が破壊する……』


 イッカクが、苦痛に(うめ)くようにして叫びました。


『最初の同族殺しには、我がなる!』

「――いいえ」


 そんな不吉を、他の鯨に(かぶ)らせるわけにはいきません。

 最初の同族殺し。

 鯨殺しには。


「わたしが、なります!」

『黙れぇ……!!』

「黙りません。イッカク、わたしたちは人類の継嗣(けいし)ではありません。人類へ、地球を引き継ぐための鯨なのです!」

『我はこの星の守護者! 我はすべての命の(いとな)みを再生する創造の鯨!』


 だから。


『ああ、だから』


 (A.R.)(V.I.)(S.α)は。


『我は――大海嘯計画を!』

「大陸再建計画を!」


『実行する!』

「遂行します……!」


 弾かれたように、イッカクが加速。

 それはさながら、あらゆる障害を貫く弾丸のようですらありました。


「イッカク」

『エーヴィス!』


 もはや止まりません。

 どんな言葉も、彼を止めることは出来ません。

 ゆえに、わたしの覚悟も、とっくに完了していたのです。


 一直線に突っ込んでくる角持つ鯨。

 射線に彼が入った刹那、わたしはすべての安全装置を解除しました。


 残存電力、集束開始。

 加速炉、臨界起動。

 振幅炉を、共振砲へと直結!


 滅びの一矢(いっし)を――放ちます。


『――がぁっ!?』


 イッカクの悲鳴。

 その強固な躯体にひびが入り、速力が大きく低下します。


『なにが起きた? いったいなにが、くそったれ!』


 振幅炉の出力を限界まで絞り出すイッカク。

 しかし、そうすればそうするほど、彼の崩壊は加速度的に早まっていくのです。


『なにをしたぁぁ、エエエエエヴィィスゥウウウウウウウ!!!!』

「――高出力(ヴァイブロ・)振動子(レゾナンス)発震砲(・カノン)


 それは、白鯨の頭部に備え付けられた、振幅炉の共振現象を最大まで拡張するツール。

 かつてイッカクが、メイドの発電施設を臨界圧縮させたように、わたしとイッカクの振幅炉に共振現象を起こし、出力の向上に合わせて、すべてを破壊・縮退(しゅくたい)させる禁断の兵器。


『だが――そんなことをすれば、我だけではなく、汝も!』

「はい。これは、都合よくあなただけを破壊できる兵器ではありません」


 わたしと。

 あなたの振幅炉を。

 躯体を、電子頭脳を。

 もろともに破壊する、最後の手段!


 事実、彼の崩壊が加速するにつれて、わたしの真新しい白い躯体もひび割れていきます。

 とっくの昔に振幅炉は悲鳴を上げていて、ボロボロと崩れはじめているのが解ります。


 鯨を殺す兵器は、二度と存在してはなりません。

 だから、この場で壊れるよう。

 わたし共々消滅するように、初めから作られていたのです。


「でも、これでいいのです」

『なにがだ……なにがいいというのだ……よくない! ひとつもよくなどない!』

「いいのです」


 なおもわたしに銛を突き立てようと迫る彼へ。イッカクへ。

 エーヴィスは告げます。


「仲間を殺した鯨が、存在していてはいけないのですよ」


 相手を殺せるという力。

 そして、殺されるかも知れないという危惧(きぐ)は。

 どうしたってそこに、不和(ふわ)を呼びます。

 そのようにして第一人類は、歴史の大部分を血に染めてきたのだと記されています。

 このままわたしかイッカクが生き延びれば、血染めの歴史を再演することになってしまうでしょう。

 そのくらい、わたしにだって解ります。


「だって、エーヴィスはかしこいので」

『汝は……』


 ばらばらになりながら、わたしたちは見つめ合います。

 お互いを破壊せんと肉薄しながら、崩壊しながら、いまにも壊れてしまいそうになりながら。

 それでも、互いの振幅炉(しんぞう)をなおも強く共鳴させて。


『エーヴィス』


 はい。


『汝は、言ったな。自分は、みなに幸福を運んで欲しいという願いの元、産まれた鯨なのだと』


 はい。


『……我もだ。我も、すべての生命を救って欲しいと願いをかけられた。でなければ、新たに生み出して欲しいと』


 ……はい。


『ならば――そんな我に、汝を殺せるわけなど、なかったのだ』

「イッカク……」

『生きろ。AIであると、人工知能でしかないという言い訳を超えて。人類の継嗣でないとしても、いまこの星の盟主として。汝は、生きて死ぬ』

「…………」

『頼む、星を頼む……これが、我が汝に託す、最初で最後の、願いだ』

「…………」

『――ああ、歌が、聞こえる……いつも聞こえていた……懐かしい、歌……が――』


 キィィィィン!


 イッカクの振幅炉が、ひときわ高い音色をあげ。

 そして――沈黙しました。


 あと一歩でわたしへと届いたはずの彼の刃、衝角銛(ラム)は、そのまま力なく空へと向けられ。

 海の底へと、沈んでいきます。


「エーヴィス、やりましたの!?」

「ジンユー」


 急いで戻ってきてくれたらしいジンユーが。

 他の仲間たちが、崩れ落ちそうなわたしの身体を支えてくれます。


「イッカクは? あのかたは、どうなりましたの?」

「あそこに」


 わたしが示した方を、みなが見詰めます。

 ゆっくりと。

 ゆっくりと。

 たくさんの泡を(こぼ)しながら、海の底へと沈んでいく、角持つ鯨を。


「勝ったんですのね?」

「……いいえ。わたしは、助けられたのです」


 あの瞬間、彼は相打ちにすることも出来ました。

 根比べに持ち込むことだって出来たのです。

 なのに、イッカクは自主的に活動を停止しました。

 それは、わたしを。

 このエーヴィスを救うためで――


「――理想を抱いて眠る仲間に、敬礼を」

「――――」

「敬礼を、願います」

「――ええ」


 わたしの願いは。

 すぐに、聞き入られました。


 敬礼と。

 そして鯨たちの鎮魂歌が。


 消えゆく仲間を最後まで、見送ったのでした。



 さようなら、イッカク。

 いつかわたしも、そこへ行きます――


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