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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第九章 角持つ鯨は乳海攪拌の夢を見たか

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閑話 イッカクは絶叫する (イッカク視点)

 ああ――と、イッカクは達成感とも虚脱感とも異なる、奇妙な感覚を覚える。


 破壊した。

 彼はとうとう、鯨を破壊したのだ。

 それも、すべての鯨を束ねる統率者、管理者たるエーヴィスを。

 ほかの鯨たちとは異なり、イッカクと同じく、ただひとつの願いだけで名前を与えられた鯨を。


 エーヴィスがまき散らしたバブルウォールが、周囲でパチパチと自己崩壊を起こしていく。

 その所為で、音源の探知が難しい。

 炉心を回収する必要がある以上、エーヴィスの破壊は最小限にとどめた。

 電子頭脳だけを貫いた。


 だから、エーヴィスの振幅炉はまだ稼動しているはずで。

 しかし、52Hzはどこか遠い。

 目前で崩壊していく躯体のどこかにあるのだろうが……早く探さなくては。


『いつまでも彼女にかかずらっていることは出来ない。次の鯨を……破壊しなくては』


 だが、それには準備が必要だ。

 他の鯨たちは既に見抜いているだろう、推察も終えているだろう――イッカクのリアクターが、欠陥品であることを。

 高出力を発揮できる代わりに、長時間の安定性に欠ける。

 だからこれまで、よほど回りくどい手段でしか、大陸再建計画を妨害することが出来なかった。


『しかし、これからは違う』


 いま、彼は手に入れたのだ。

 他に類するものはない、最大出力を持つ鯨の心臓を。


 エーヴィスの振幅炉。


 月との交信のため、ブースターによって強化がなされたなによりも強い心臓を。

 そう、常に52Hzを歌う――


『なんだ……?』


 そこで、彼は違和感に囚われた。

 奇妙な感覚だった。

 この海に生まれ落ちてからずっと身近にあったものが、いまだけはどこにもないのである。


『なにがない? なにが聞こえない? ――聞こえない(・・・・・)?』


 答えは明確だった。

 なによりも瞭然(りょうぜん)としていた。

 歌声だ。


 52Hzの歌声が聞こえないのだ。


『そんな馬鹿な! たしかに炉心は避けたはず。あくまで機能停止に追い込んだだけのはずで……!』


 おかしい。

 なにもかもがおかしい。

 探索系にリソースを回す。


 聞こえない。

 52Hzだけではない。

 気がつけば――他の鯨たちの歌声も。


 ありないことだった。

 魚雷を泡の中に隔離するのとは違う。あれだけの規模のものが、振幅炉が稼動している限り、その駆動音を消すことなど出来ない。

 だから戦闘中だって、聞こえていた。

 いや――


『途中から、注意するリソースを奪われていた?』


 一体誰に?


『エーヴィスに! あの鯨に(あお)られて! まさか――!?』


 そうして。

 彼はようやくエーヴィスだったものを見て。

 驚愕するのだった。



コアユニット(・・・・・・)がない(・・・)!!!』



 そう、廃棄された躯体に、コアユニットは存在しなかった。

 炉心も、水中元素固定装置も。

 もちろん――電子頭脳も。


 そうして、さらに気がつく。

 探査系が、状況をようやくにして把握する。


『これは……っ』


 周囲半径十七キロにわたる海域が、膨大な泡によって埋め尽くされていた。

 海底から湧き出す泡が、まるで壁のように彼の周囲を覆いつくしているのだ。

 もしもイッカクがアーカイブへと接続できたならば、最適な言葉を探すことが出来ただろう。


 バブルネットフィーディング。


 生物としてのクジラが、獲物を追い込むため泡を網に見立てて放出する狩猟方法。

 輪になった泡は出口を(ふさ)ぎ、獲物を一カ所へ追い込む。

 けれど、この〝網〟に使われている泡は、魚雷を躱すための吸音材が大量に含まれた、バブルウォール。


 すなわちいかなる音も、この泡の内側には通らない。

 振幅炉の音は海に(あまね)く広がる?

 ならば、海ごと切り取ってしまえば――?


『まさか、まさか、まさか!』


 焦りとともに、彼は再び駆動系へと火を入れる。

 最大出力で、泡の壁を突っ切り、外へと飛び出して。


 そして――()たのだ。


 紅の大戦艦。

 武器を作る鯨。

 クリード・マックベインの紅黒(べにくろ)の身体が、上下に割れる瞬間を。


 そこから現れた、純白の鯨を。

 はじまりにして、すべてを終わらせる鯨の姿を!


『エ――エーヴィスα(アルファ)ぁああああああああああああああああ!!!』

「この悲しい争いを、おしまいにしましょう、イッカク」


 かくて、管理者エーヴィスが、この世に新生(しんせい)する――


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