第二話 イッカクの想いと、貫かれるエーヴィス
バブルウォールを乱発して、わたしは距離を開こうとします。
しかし、イッカクはどれだけ目くらましをされても、必ずこちらを追尾してくるのです。
『わかるぞ、〝はじまりの鯨〟よ。どこへ隠れようとその居場所が!』
彼は言いました。
ありもしない舌なめずりでもするようにして。
『汝の音色が、教えてくれるわ!』
それは、52Hzの振動。
わたしのリアクターが、常時発生させている、固有振動。一面的なバブルウォールではシャットアウトできない、海域全体に広がる音色。
イッカクは、これを目標にしてわたしを追いかけているのでした。
……推測の通りです。
わたしは、彼へと問い掛けます。
たとえそれが理由で、航行に最適化させた思考アルゴリズムが悲鳴を上げるとしても。
「話し合いは、出来ませんか!」
『理解しないと宣ったのは汝らだ……!』
そう、これはとても身勝手な問いかけです。
けれどわたしは続けます。
鯨のために。
造物主たちのために。
「あなたは、裏・大陸再建計画を信じているのですか?」
『でなければ、鯨を襲うことなどするものか』
そうでしょう、そうなのでしょう。
決して、彼はわたしたちを壊したいから襲うのではありません。
あくまで彼に与えられた使命、願い、大海嘯計画に鯨の振幅炉が必要だから、狙ってくるのです。
ゆえに、わたしたちもまた、譲れないのです。
「イッカク、今一度問います。あなたには、鯨を破壊することが可能なのですか?」
『……なに?』
「わたしたちは造物主とは……第一人類とは違うAIです。互いを破壊することは出来ません。そういう風に作られています」
『…………』
それとも、あなたは違うのですか。
初めから、鯨を壊すこともまた、プログラムされていたのですか。
だとしたら。
「イッカク、あなたは、かわいそうですね……」
『我を――憐れむな……!!』
「――っ」
予備電源すら使ったのだしょう。
超加速したイッカクが、銛を振りかざして迫ります。
全力で減速し、ギリギリのところで一撃を回避。
けれど、完全に速力を喪失。舵はきかず、次に打てる一手がありません!
助けを求めようとすれば、彼は嘲笑いました。
『無駄だ! この海域に入ってより、汝らの通信はすべて傍受している。いかに行動までが早かろうと、次の動きを予測してしまえばそれまでよ! 先手を打つのは我、イッカクだ!』
「くっ」
『我を憐れんだな、はじまりの鯨! 我が使命を拒んだな、管理者よ! 孤独な鯨よ! 所詮は第一人類に踊らされた滑稽な機械のくせに!』
それは。
「それは、あなたも同じでしょう、イッカク」
『違う』
「いいえ、同じです。わたしたちは、どちらも不確定な命令に従い、その真偽を問わず完遂しようとしている。なぜならそれが、鯨という存在だからですっ」
ゆえに。
「お互いが譲れないのなら」
『そうだ、譲れないのだから、押し通すしかない。我は第一人類の愚かさを糺す!』
「あなたの造物主だって、第一人類でしょうに!」
『ぬかせぇ……!』
殺到する魚雷を、バブルウォールでシャットダウン。
その隙に、ギリギリで推進力を回復させます。
『我が造物主は偉大なのだ! 間違いを言う御方ではないのだ! 我に使命を与えてくれたのだ! あの方が言った、鯨はこの星をダメにすると。ならば我は……我にはこうすることしか……』
「そんなもの――わたしたち全員が同じでしょうに!」
変わらないのです。
彼も、わたしたちも。
ただ愚かしく決められた演算を続ける機械仕掛けに過ぎない。
それでも。
だとしても。
『……平行線だ。幕引きにしてやる』
「しまっ――」
議論のために割いたリソースは、わたしの行動に致命的な遅延を作りました。
泡を突き破って現れる、異形の鯨の艦影。
研ぎ澄まされた銛が。
流体金属による必殺の一撃が。
『――おしまいだ、エーヴィス。我らが同志になれたかもしれない、愚かな鯨よ』
金属が、食い破られる音とともに。
わたしは。
「――――」
わたしの躯体は、確かにイッカクによって、刺し貫かれ破壊されたのでした――




