第三話 振幅炉の直列励起と、イッカクへの結論
振幅炉は、文字通り無限の振幅から尽きないエネルギーを汲み出す動力炉です。
鯨の主機であるこの炉心には、しかし、わたしたちも知らない理屈と技術が使われています。
クリードの語った共振現象もそのひとつでした。
このリアクターは、常に一定の振動を発しています。
わたしの場合は52Hzの歌として認知されていますが……その振動がほかの振幅炉と重なったとき、指数関数的に振動数が上昇するというのです。
つまり。
「際限なく出力が上昇し、最後には自壊する。その際に、強い重力源が生まれるのじゃ。これは振幅炉を束ねれば束ねるほど、直列励起すればするほど強くなる。おそらくイッカクの言っているのはこれじゃろうて」
クリードは、事もなげに言い放ちます。
さらに重ねて。
「発電所にも、振幅炉に近い技術が使われておったのじゃろ? であれば、意図的に干渉して破壊する術もあったろう。それがイッカクの仕業ではないと、否定する材料はあるかのう?」
彼女の言葉は、どうにも正論で。
検討するに足る説得力を持っていました。
「儂の立場から言えるのは、生命の再生はともかく、ドリームハイドレートの生成に必要な重力源と同等のものを――海をかき混ぜる力を、イッカクは用意できるという事じゃ。乳海攪拌は、可能じゃよ」
冷静な断言。
提示される無数の情報。
その確度。
考えました。
たくさん考えました。
どうするのが最善か、まずだれよりも管理者であるわたしが考えました。
そうして。
「……イッカクは、イッカクの造物主によって、偽りの情報を与えられている可能性があります」
「エーヴィス――いいえ、なんでもない」
諫めるように口を開きかけ、しかしカフはわたしの思考を読んでそのまま黙っていてくれます。
本当によい同僚を持ったものです。
主義主張が真っ向からぶつかり合う中で、戦うのなら自分こそが。
そう言ってくれたのは、カフでしたから。
わたしは首肯を返し、言い切ります。
「生命再生の可能性は、ゼロではないでしょう。この惑星に命が咲き誇ることを、あるいは第一人類も望むかも知れません。しかし、だからといって大陸再建計画への干渉を。そして大海嘯計画を認めるわけにはいかないのです。ゆえに、ここで決をとります」
イッカクを。
角持つ鯨を。
鯨の仲間を。
「大陸再建計画を推し進めるために、排除すべきだと思うものは、合図をしてください」
苦渋の決断にたいして、仲間たちは。
彼女たちは、しばらくの沈黙の末。
まず、キートが、泡を吐き出しました。
それは、丸い輪っか――バブルリングとなって、水面へと向かって浮上していきます。
丸、肯定の合図。
他の鯨たちがそれに続き、最後にクリードも、バブルリングを放ちました。
「――全会一致。これをもって、わたしたち〝鯨〟は、イッカクを明確な敵性存在として認証し、排除するために行動します。……よろしいですね?」
応と、みなが答えました。
誰も望んでではなく。
けれど、たしかな責任を負って。
肯定したのです。
「……わかりました。では早速、対イッカク用兵器を実装しましょう。クリード、否はありませんね?」
「ここまでくれば反論する気もないわい。よかろう、もの自体は完成しておる」
「では」
「しかし、じゃ。換装にはしばしの時間が必要じゃ。それを――」
彼女は、遠くを睨みつけながら言いました。
「やつは待ってくれるかな?」
刹那、ヴァール・アインヘリヤルが警報を発します。
「急接近する巨大物体あり! 振幅炉の波形を照合……これは、イッカクだよ!」
「……なるほど。やられましたわね。こちらが彼への対策を立てたように、あちらもわたくしたちを一カ所に集めるための情報漏洩だった、というわけですわ」
ジンユーが一本取られたという様子で笑い。
全員が、一気にその場からの離脱を開始しました。
そう、こうして。
わたしたちとイッカクの。
最後の戦いの火蓋が、切って落とされたのです。




