第二話 第二次円卓〝鯨〟会議
赤道上のとあるポイントに、七頭の鯨が勢ぞろいしていました。
キート、カフ、バレェン、ヴァール、ジンユー、わたし。
そして、武器を作る鯨クリード・マックベイン。
私は彼女たちに、イッカクから聞かされた話をすべて、包み隠さず伝えます。
これまで月へと転送しているだけだった、幾つかの事件レポートも開示して。
その上で、こう訊ねるのです。
「みんなは、どう思いますか?」
――と。
即答するものはありません。
みな、電子頭脳をフル活動させ、僅かでも確度の高い答えを導き出そうと躍起になっていました。
それだけ、イッカクの言葉はショッキングだったのです。
やがて、ひとりの鯨が声を上げました。
誰よりも優秀な電子頭脳を持つ鯨、バレェン・ボン・ボヤージュ。
「この話には、仮定が多すぎるの」
全員が頷きます。
仮説と推論と臆測で構築された情報は、確かに不確実なものでした。
「正直な話、どの程度イッカクという鯨の言葉を信用していいか、それがわからないの」
「ごもっともだ。オレも、あいつが包み隠さず全部を語っているとは思わないな。確実に隠していることがあるはずだ」
キートが、バレェンの言葉を引き継ぎます。
「仮に――ふむ、仮定が本当に多すぎるな――仮にだ、イッカクがそういう使命を受けていたとするぜ。それでこの、裏・大陸再建計画ってのは、どの程度実現可能な話なんだ?」
「不可能ではない、というぐらいだね」
答えたのは、ヴァールでした。
彼女は、これまで蓄積を続けてきた惑星環境のデータと、わたしが開示したレポートを照らし合わせながらリアルタイムで演算を行い、推論を語ります。
「メイドが鯨の墓場で起こした臨界事故。このときに、ラムダP9が生成されている。これは多次元におよぶ構造を持っていて、さらに生成していくととある物質に行き着く」
「時間結晶……」
ジンユーが、身震いしながら呟きました。
全員が戸惑いを隠せません。
なぜならブラックボックスが、新たな情報を開示したからです。
「時間結晶の前駆物質――まさか、これこそがドリームハイドレートですの!?」
ジンユーの悲鳴のような叫び。
わたしは、それを肯定することしか出来ません。
解禁された情報とは、まさしくラムダP9とドリームハイドレートが近しいものであること物語っていたのです。
つまり、地球誕生以来、地殻とマントルの狭間にのみ生成され、そして前時代において消費し尽くされた夢と幻のエネルギー。
それを。
「高温と超高圧があれば、生成可能ということです――鯨の、廃棄躯体から」
「オーマイガッ」
わたしの言葉に、カフが発話器官のノイズを返します。
イッカクの言葉が、にわかに重みを帯びてきたのですから、当然でしょう。
「しかしですわよ。ラムダP9とドリームハイドレート。一見同じ〝もの〟のように見えて、そこには大きな隔たりがあるのではありませんこと?」
ジンユーが、自らを奮い立たせるように、ディスカッションへと参加してきます。
彼女の言葉は真でした。
ラムダP9は、確かにドリームハイドレートに近似する物質です。
しかし、一手間加えれば同じになる、というわけでもありません。
そこには膨大な手間と、エネルギー、なにより設備が必要になってきます。
この惑星に、それだけの設備はありません。
そう――鯨の振幅炉と、元素固定装置を除いては。
「結局ところ、そこなの。イッカクの使命が本物だとして、そうして空想のようなドリームハイドレートが実際に作れるとして、そのためにはすべての鯨の力が必要だとして――でも、そのタイミングはいまじゃないの」
バレェンは、正論を振りかざしました。
どうしようもないぐらいの事実。
鯨の廃棄躯体が海を埋め尽くし、振幅炉が爆縮し、この惑星のすべてがドリームハイドレートに変わる……これはまあ、あり得るかも知れないことです。
しかし、わたしたちが大洋を埋め尽くすのは、いったいいつになるでしょうか?
少なくとも、百年後ですら、計画はほとんど進んでいるとは言えないはずです。
千二百年以上をかけて、ようやくほんの小さな足がかりが出来たばかりだというのに。
最初期のプランから、遅れ続けているというのに。
……だとすれば、答えはシンプルでした。
「自らが黙認されているというアドバンテージを捨てでも、いまこのときに行動しなければならない理由が、イッカクにはあったのだと思います」
それがなんなのかはわかりませんが。
しかし、でなければわざわざ、わたしたちに大海嘯計画まで教える必要はないのですから。
「そうよ。どちらかといえば議論すべきは、そっちなんじゃない?」
カフが、怪訝そうに告げます。
「大海嘯計画。この惑星に生命を取り戻す計画。こっちこそ、実現可能なの……?」
その問い掛けに答えたのは、
「可能ではあるじゃろうな。なにせ、振幅炉には〝共振現象〟が存在するのじゃから」
ずっと黙っていた鯨。
クリード・マックベインだったのです。




