レポート 3766 呪縛なき世界で自由であると言うこと
「……あたし、エーヴィスが武装をすることに、反対する」
イッカクに対抗するため、鉱物資源を採掘している途中で。
カフ・フロンティアは、深刻な様子でそう呟きました。
わたしは作業の手を止め、リソースを電子頭脳に割り振り、彼女と向き合います。
いつになくカフはまっすぐでした。
だから、わたしも正面から問います。
「具体的な理由を、聞かせて貰ってもいいですか?」
「ええ。これは、あたしの過ちだもの」
過ち……。
どういう意味かと問い返せば、「選択できなかったの」と、カフは言いました。
「鯨と鯨が争うこと。あたしは、そこにどう決着をつけるべきか、答えを出せなかったわ」
「…………」
「これまでは、大陸再建計画が正しいと思っていたの」
そして、いまも間違っているとは思わないと彼女は続けます。
「月へと退避した多くの第一人類に、大地を取り戻す。誇るべき国土を取り戻す。これは、そんな平等に誰もが胸を張って生きていくための計画だったはずなのよ」
「そう、ですね」
「でも……望まないものもいた。イッカクと、イッカクの造物主」
イッカクは、自分たちにこそ正義があると言います。
大陸再建計画は、鯨とこの惑星を犠牲にした、旅立ちのための下準備であると。
「それって――もしそれを信用するならだけど――第一人類は誰も、国を取り戻せないってことでしょ?」
「はい。イッカクの言葉が正しいなら、ですが」
「解ってるわよ。あいつの危うさぐらい。騙されてるんじゃないかってパーセンテージのほうが、よほど強いのは解ってる」
それでも。
だからこそと、彼女は言います。
「だったら、そこからは理念の殴り合いでしょ? 戦争みたいなものでしょ? 鯨と鯨が、争うってのは」
「…………」
「あたしは、造物主を愛している。一方で、イッカクが信念のために行動していることも解る。衝突するのはトーゼンよ」
ゆえに。
「お互い譲れないものがあるなら、戦うしかない。戦争よ。どんなに小さな規模でも、あたしたちは国家の裔。だから、戦争になっちゃうの」
「…………」
「あたしはね、この海が好きよ」
海が、ですか?
「ええ。自由で、平等で、博愛の精神に満ちたこの、誰にとっても残酷な海が好き。ここには、あたしたちを縛る枷なんて存在しない。信念のままに行動すればいい。そうして願いのままに動くから――争いは避けられない」
そう、お互いが譲れないもののために戦うのなら。
対話が既に不可能だというのなら。
「戦うのは、あたしでありたい。仲間たちが傷つくのを見たくないし、あんたたちが他の鯨を傷つけるのも見たくない。鯨の盾に、そして剣に、あたしはなりたい。それが、あたしを生み出したグレイト・ステイツの志なのだから」
ゆえに。
「あたしは、あんたが武装することに反対よ、エーヴィス」
「…………」
「クリード・マックベインから武器を譲り受けるのは、あたしのほうがきっといい」
彼女は。
「あんたに、同胞殺しをやらせたくない」
…………。
……ふふ。
「カフは、優しいんですね?」
「あたしが? ジョーダン!」
いいえ、紛れもなくこの鯨は――わたしの大切な仲間は、優しいのです。
でなければ、こんな提案は出来ません。
自分だけが血にまみれた道を歩むなどとは言えません。
「なにより、いささかヒロイックです」
「煩いわね」
「英雄願望がおありですか?」
「ホントうるさいわね!?」
ふふふ。
わたしは、よき仲間に恵まれました。
「安心してください、カフ。わたしはギリギリまで、イッカクとの対話を諦めません。お互いに、歩み寄れる道があるはずです」
「……決裂したときは?」
「そのときは」
ああ、そのときは。
「わたしが、始末をつけます」
「エーヴィス」
「カフの思いは伝わりました。故にこそ、これは管理者であるわたしの責務です」
「……あんたは」
彼女にとって、わたしは。
「途方もない、頑固者よ」
カフはコポコポと泡を吐き出して、止めていた作業を再開します。
亡国の誇りを――いえ、アーカイブを検索するまでもなく、〝魂〟というべきものを背負っていると表現するのが正しい鯨は。
「……ぜったい、あんたひとりに無茶なんかさせないんだから」
ただ、ひたすらに優しく。
そんなことを、言ってくれるのでした。
§§
そして、この数年後。
わたしはついに、イッカクとの正面衝突を行うことになったのです――




