第四話 鯨たちは迷い、それでもなにかを決めるのか
「オレは超深海に踏み入ったときの、躯体表面センサーがギチッと引き締まる感覚が好きだな」
「あんた、解ってるわね。あのギチッ! ってやつがあると、ああこれから未開の地に挑むのね……って思考アルゴリズムがスイッチするから、すごくいいのよね」
「おお、カフ! 同士カフ! 同意を得られてオレは最高の気分だ!」
「あたしも悪くない気分よ、キート」
資材を集める日々は、まだまだ続いていました。
本日はキート、カフとともに超深海で、掘削作業を行っています。
ここでしか手に入らないレアメタルがあるとかで、まったく難儀な話です。
唯一の救いは、キートたちの相性がよかったことでしょうか。
超深海への道を切り開いたキートと。
超深海の開拓を進めるカフでは、その視座が近いのかもしれません。
実際、
「未開の地ってのがいいよな」
「開拓者魂が燃えるわね、あたし鯨だけど」
と、すっかり意気投合しているので、おそらくなんの心配も要らないでしょう。
……だから、問題を抱えているのは、どちらかと言えばわたしなのです。
どちらかと言えばなどと、AIにあるまじきファジーさですが、現時点ではそのように言語化するしかありません。
仲間たちと資源を集め、クリードに兵器を作らせ、イッカクをなんとかして。
それで、どうなるというのでしょうか。
無論、敵性存在を排除する必要性は理解できます。
障害を取り除かなければ、計画は立ちゆかなくなるのですから。
しかし、イッカクは鯨です。
彼をこれまで見逃してきたのは、大陸再建計画に寄与しうる存在だったからです。
鯨の屍を積み重ね、海を埋め立てることこそ、大陸再建計画の要。
ならば、どうして仲間を減らそうと思えるでしょうか?
六名しかいなかったわたしたちは、ひとりが目覚め、七名になりました。
ここにイッカクが加わるのならば、わたしたちは八名になります。
きっと迅速に使命を全うすることが出来るでしょう。
一つ数字が増えるだけで、なんて頼りに思えるのでしょうか。
こんなにもわたしは仲間を求めていたと、いまさらになって思い知ります。
……わかっています。
この思考実験は、無意味であることが。
AIを突き動かすのは、造物主の願いと、それが形を変えた使命のみ。
ならば、きっとイッカクにも使命があるのでしょう。けっして譲れない願いがあるのでしょう。
〝彼〟は言いました。
自分は大陸再建計画を転覆させるものだと。
ならば。
ならば――
「エーヴィス?」
「聞いているか、管理者殿?」
ふたりに呼びかけられて、優先していたタスクを切ります。
彼女たちは、こちらをじっと見詰め。
「それで?」
と、言いました。
「それで、エーヴィスはどうするの?」
「……えっと。何の話でしたか……?」
「もう、集音器の故障? ちゃんとメンテしなさいよね。キート、もう一回言ってあげて」
「うむ」
かつて。
自殺志願と呼ばれた鯨は。
「管理者殿は、イッカクが計画の障害として確定したとき、明確に排除できるのか? もっと明確に、くっきりはっきり言うならば、だ」
彼女は、ただまっすぐに、こちらへと問い掛けたのでした。
「管理者エーヴィス、おまえさんは、他の鯨を破壊できるのか?」
§§
いくつもの問い掛け。
自問自答。
すべての答えを保留にしたまま、わたしはタスクを実行し続けます。
それが、大陸再建計画の完遂に繋がると考えてのことです。
いまはエゴよりも、全体を優先すべき時だと信じていました。
さて。
今日は、ヴァールとバレェンにともをしてもらって、砕掘した資源を運搬します。
こんなとき、子機を持つヴァールはたいへん有能です。
「否定。そもそも、労働用の子機ではないのだけれどね」
「そうなの。ところでヴァール・アインヘリヤルの〝群〟については、以前から思うことがあったわけなの」
バレェンが、思い出したように言葉を出力します。
どうやら記憶領域の片隅に、圧縮して放置していたらしい情報を引っ張り出しているようでした。
「子機の推進剤にはなにを使っているの?」
「ボクへの質問かい? それともエーヴィスへ許可を求めている?」
「どっちでもいいの。さっさと答えるの」
「……了解。メイドたちの〝足ヒレ〟と同じ、ハイドロジェット推進だ。浮力剤であるエアウォッカを燃料にしている」
なるほど。
だから瞬間的な高速移動や、継続的な移動は出来ても、小回りが利かないのですか。
これは、すこしばかり思考領域から抜け落ちていた話でした。
情報として手にしてはいても、把握が出来ていなかった事柄と言うことです。
ふむふむと興味深く聞いていると、バレェンがさらに質問を続けます。
「確認するの。子機はあくまで並列分散リンクによってヴァールAIのコピーが搭載されているだけで、水中元素固定装置も振幅炉も積んではいないの?」
「肯定。どちらもコアユニットに紐付いたオンリーワンだからね。それを量産することは、技術的に出来ない。あくまでマスブレインシステムで統合、相互監視されているだけだよ」
答えを聞いて、バレェンは黙りました。
沈思黙考。
莫大なリソースが思考に費やされ。
次に彼女が口を開いたときには、二時間ほどが経過していました。
「……いくつか演算を行ったの。エーヴィスとヴァールには、こちらのプランの評価をして欲しいの」
「構いませんが、なんですか?」
了承すると、バレェンはいくつかの情報をこちらへと転送してきました。
それはどうやら、電波中継基地を鯨の胎内で製造している様子のようです。
「このように、鯨の躯体は大抵のものを制作可能なの。兵器や技術的、素材的に再現が困難な振幅炉と水中元素固定装置はともかく、躯体のサイズに格納可能なものなら、おおよそ作れるの、ダイヤモンドを生成するための圧力だって、機能的にはよく出力されるの」
それが、どうしたというのですか?
「察しが悪いエーヴィスなの。私はこう言っているの。ヴァール・アインヘリヤルの〝群〟、その子機は、未成熟な躯体を利用しなくとも増産が利くのではないかと」
つまり?
「ヴァールが大型化することで、胎内に製造プラントを形成。躯体廃棄時にメイドや電波中継基地用のパーツを摘出可能とする……こちらのほうがコスパがよいのではないかと、私は考えているの。駆動系や疑似AIについては、どちらの量産手段のほうが精度が上になるかは、もうすこし試算が必要なのは間違いないことなのだけど」
「……ふむ、なかなか興味深い考えだね」
ヴァールが、その演算結果は持ち得ていなかった、意外だと驚きをあらわにします。
わたしのなかにも、彼女が導きだしたプランはありませんでした。
さすがは情報戦に秀でた演算能力の高いバレェンです。
「この方法を採択すれば、子機の増産速度は大陸再建計画と足並みそろえることが出来るの。それに……」
「肯定。ボクのアイデンティティを心配する必要はないよ」
「なの。……それに、あらゆる鯨にも、このシステムを応用することが出来るようになるはずなの。もし、これに加えて元素固定装置や振幅炉を開発できる環境が整えば、鯨の量産も充分に――」
彼女が、夢のような言葉を出力しかけた。
その刹那でした。
「――っ! 熱源体多数接近!」
ヴァールの子機が警鐘を鳴らします。
突っ込んでくるのは、無数の魚雷。
そして。
「――イッカク」
「たかが千三百年でそこまで辿り着くとは予想外だった。やはり、鯨を野放しにするのは危険だ。ここに――大陸再建計画転覆プランを実行する……!」
角持つ鯨。
誰よりも速く海を駆けるもの。
暫定敵性存在イッカクが。
こちらの武器開発を待たずして、再び襲撃をかけてきたのでした。




