第一話 封印されていた〝鯨〟
「ともかく、〝イッカク〟を放置することは出来ないですわ」
「あたしも同意見」
「肯定」
「異議無しなの」
「だそうだが……どうする、管理者殿?」
これまで看過を続けてきた未知の脅威。
〝イッカク〟に対する円卓〝鯨〟会議一同の結論は、「もうこれ以上、見てみないふりは出来ない」というものでした。
あれから。
〝イッカク〟は即座に躯体を翻し、持ち前の速力を活かして、わたしたちの前から姿を消しました。
追撃はなく。
しかしこちらも追走を断念せざるを得なかったのです。
なにせ、それほどの損害だったのですから。
イッカクは接近するさいに、電波中継基地を片っ端から破壊しており。
戦闘中に至ってはヴァール・アインヘリヤルの子機たちを優先的に破壊しました。
こちらの耳と目を奪ってきたわけです。
そんな状態で深追いするほど、わたしたちの電子頭脳はポンコツではありません。
リスクマネージメントを行った結果は全会一致。
互いに体勢が崩れているのなら、足場を固めることからはじめるべきと結論づけました。
だから、問題はふたつです。
ひとつ、これまで〝彼〟の存在を感知していながら全員が黙認していたことについての再発予防。
もうひとつは、武器持つ鯨相手にどう立ち回るかと言うことです。
「ステップバイステップでいきましょう。まずは、前者についてですが……」
〝彼〟を黙認してきた理由。
それは非常に単純です。
わたしたちが大陸再建計画という使命によって駆動しているから――これにつきます。
「振幅炉と海中元素固定装置の数から、鯨の数は限定されています。元素固定装置はともかく、その運用を行うための振幅炉をゼロから建造する術を、わたしたちは持ち得ていません」
ゆえに。
もしも自分たち以外に鯨がいるとすれば、それはわたしたちにとって有利であると考えていたのです。
「多少こちらの計画を妨害してこようとも、最終的には陸地を増やす手伝いになる……ええ、そうね。あたしもそう考えていたから、土手っ腹に穴を開けられても黙っていたのよ。それがこのざまじゃ……ホーリーシット!」
カフが悔しそうに悪態をつきます。
ジンユーといいカフといい、高度な成長をしていますね。
AI、普通は悪態をつけませんから。
「本題に戻ります。イッカクについて、みな存在を理解していた。これは間違いありませんか?」
わたしの問いに、全員が頷きます。
いわば暗黙の了解。
全員、わかった上ですっとぼけていたことが判明してしまいました。
「高度っていうなら、そっちの方が高度でしょ。まったく、抜け目ないわね、あんたたちは」
苦々しい言葉を吐くカフ。
それもそのはずで、看過を続けた結果、これ以上は見過ごせないという意志を共有することになったわけですから、いわば本末転倒です。
無論、わたしもイッカクを放置するつもりはありません。
あれは、明確な脅威ですから。
「では、対処の方法ですが」
「……争わない、という選択肢はないのか、管理者殿?」
キートの言葉に、わたしたちの演算回路はざわめきました。
放置は出来ない。
対話も、いまのところうまくいっていない。
解っているのは、イッカクが大陸再建計画を――鯨の存在意義に関わることを、妨害しようとしていることだけ。
それでも彼女は、争う以外の手段を執れないのかと提言します。
……わたしが、初めに言うべきことを、キートは代弁してくれたのです。ほんとうに優しい鯨です。
だから、結論はエーヴィスが明言すべきでした。
「それはできません。なぜなら〝彼〟――イッカクは、明確にわたしたちを機能停止に追い込むつもりだからです」
そうして、全ての鯨が活動をやめれば、大陸を再建することは不可能となります。
月へ退避している第一人類は、二度とこの星の陸地を踏むことが出来なくなるのです。
「これは許容できない結果です。だから、なんとしても――」
「済まなかった」
「キート?」
なぜ、謝るのですか?
「悲壮な決意など、させるつもりはなかったのさ。だからどうか、そんな悲しい詩を歌わないでくれ、管理者殿」
彼女がなにを言っているのか解りませんでした。
みなが、うつむいてしまった理屈が、わたしには解りませんでした。
けれど、しばらく経って。
「……そう、ですね」
自分のリアクターが、悲鳴のような音を立てていることに、気がついたのです。
52Hzの駆動音。
強制排出プログラムのために、ずいぶんと無理矢理電力を絞り出しましたから、その所為でしょう。
「だとしても」
この決定だけは、わたしがしなければならないのです。
エーヴィスは、管理者として宣言します。
「これより、わたしは赤道へと向かいます。そして、そこに封印されている最後の〝鯨〟」
造物主たちが、最悪の事態を想定して凍結した彼女を。
「兵器の製造を使命とする〝鯨〟――クリード・マックベインを解凍し、復活させます」




