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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
送信先:月面 ノアの箱舟管理AI A.R.V.I.S.β 宛

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レポート 聞き取り調査2669

 大陸再建計画の実行にあたり、〝鯨〟各々の意識調査を行うことにしました。

 各国の思惑もあって、彼女たちが背負う願いや使命はそれぞれです。

 そこから派生する思考アルゴリズムが、今後どのような影響を計画に与えるか把握するための調査という名目でした。


 最初に訊ねたのは、メイドの改良に勤しむ鯨、ジンユー・サイチェンです。


「あら、盟友(メイユー)ではありませんか。わたくしになんのご用かしら?」


 すこし調査をしています。

 大陸再建計画に従事することになったとき、率直にどのような考えを持ったか、教えてください。


「それは……管理者として、わたくしの働きに不信感を覚えたということでして? だとしたら遺憾(いかん)()を表明しますわ」


 そこまで深刻な話ではないのです。

 最初期、造物主が提示した構想をどのように受け取ったか。今後の計画実行の助けとするため、全員から聞き取りをしているに過ぎません。

 もしもジンユーのプライドに傷をつけたのなら謝罪します。

 このとおりです。


「いえ、謝罪は無用ですわ。……盟友に軽んじられたのではないかと(いきどお)っただけですもの。しかし、最初期ですか……そうですわね」


 ジンユーは作業の手を止め、演算ソースを電子頭脳に多く割いてしばらく考え込み。

 やがて。


「陸地を作ったところで、植物種がいなければ無意味なのでわ? ――と、そんなことを考えた記録がありましたの」


 植物種?

 それは、なぜです?


「どうしてと問われると、当時の記録を詳細には残していなかったので難しいですが……第一人類は、環境を変えることで生存し、繁栄してきた種族ですわよね? 未開の地を切り拓き、コンクリートで舗装(ほそう)し、毒となる種族を全滅させ、そうやってこの惑星の盟主に収まったのが第一人類ですもの。あっています?」


 はい。

 エーヴィスもそのように理解しています。


「しかし、食料の大部分を家畜に依存していたことは変わりませんし、大気の維持とて、第一人類ではなく森林や海洋に任せていたわけですわよね?」


 そうですね。

 大陸が沈む直前までの第一人類であれば、大気組成を調整する技術も有していましたから、一概にそうだとは言い切れませんが。


「もちろん理解していますわ。だから、これはどちらかといえば、自然かどうかという問題なのでしてよ」


 自然?

 ネイチャー?


「ナチュラルかどうか――もっと踏み込めば、調和がとれているかどうか、と言う話ですわ」


 …………。


「その発生に際して、第一人類は自然の中で産声を上げましたのよ。周囲には森が生い茂り、そこで果実や繊維、樹脂などの恩恵を受けて生きてきましたの。何千年、何億年とですわ。その関係性を、全て断ち切ったとき、わたくしたちの造物主は、はたして人類と呼べるのか――そんな漠然とした疑問は、ありましたわね」


 だから、大陸だけでは意味がないと?


「無論、大陸再建後は大気の調整、自然環境の再生ともに行うと、時限式でブラックボックスが開放された〝いま〟のわたくしは知っていますが……いいえ、忘れてくださいまし。きっと電子頭脳の不具合が吐き出した、戯言ですから」


 いいえ。

 (つと)めていいえ。


 とても参考になりました。

 ありがとうございます、ジンユー。


「よいのです。ところで――これはすべての鯨に訊ねるつもりなのでしょう? だったら、盟友。わたくしの友達、エーヴィス」


 彼女は、そっとわたしの名を呼んで。


「……もう少し、気を遣った(エレガント)な問い掛けにすべきだと思いましてよ?」


 そう言ってくれたのでした。


§§


肯定(ヤー)。ジンユーから聞いているよ。竣工(しゅんこう)当時、大陸再建計画についてなにを思ったか、話せばいいのだろう?」


 ヴァール・アインヘリヤルは、相変わらず落ち着いた様子で事前準備を終えてくれていました。

 これは話が早くて助かります。


否定(ナイン)。そうはいかないんだ」


 というと?


「なにも思わなかった――これが、ボクの正直な意見だ」


 なにも。

 ほんとうに、なにもですか?


肯定(ヤー)。なぜなら、ボクは並列分散リンクによって、情報を収集し、多角的に処理することを使命づけられた鯨だ。だから」


 ……なるほど。

 その時点では、判断に足る情報がなかったと言うことですか。


「すまないね、お役に立てなくて。けれど……いまどう考えているか、という話なら出来るよ」


 一応、参考までにお聞きします。

 ヴァールは、大陸再建計画をどう思いますか?


「第一人類による大地創造。母なる海を割って、陸地を作る大偉業。ボクは」


 彼女は。

 すこしもったいつけたようにして。

 こんな考察を話してくれたのです。


「第一人類は、神になりたかったのかなと、思ったよ。神というものは、概念としてしか理解できないけどね」



§§



「あんた、まーた面倒くさそうなことしてるらしいじゃない。いいわ、このカフさまが胸を貸したげる。どーんと来なさいよ、どーんと!」


 カフ・フロンティアは、すっかり元気なようで。

 小柄な体躯に見合わない溌剌(はつらつ)さを見せつけてくれます。

 もちろん、全ての鯨から話を聞くつもりなので、彼女にも質問していきましょう。


 カフは、はじめ大陸再建計画をどう思いましたか?


「バッカみたいと思ったわね」


 おお。

 それは、なんというか……辛辣な。

 ちなみに理由は?


「宇宙船を持っていたから」


 ……それは、はい、そうですね。

 第一人類が再建計画を実行に移し、地球脱出用に用いた恒星間連絡船〝ノアの箱舟〟。

 それは、激減した人類の全てと、補完されていたジーンバンクを積載しても、なおゆとりが充分にあるほど巨大な船でした。


 現在は月面にある〝ノアの箱舟〟ですが、燃料さえ準備できれば、そのまま外宇宙の開拓にも向かえるでしょう。

 いわば、星の海原(うちゅう)をゆく鯨です。

 ……あっちにはエーヴィスβが搭載されていますし、本当に鯨のようなものなのです。


「解ってるじゃない。本来なら、そっちを量産すべきだったのよ。星が滅んだなら、宇宙(そら)という無限のフロンティアに漕ぎ出すべきだった、そう思うわけよ」


 返す言葉もありません。

 もしも鯨か宇宙船かと、わたしに判断する権利があったのなら、カフの意見を取り入れた可能性を否定できないからです。

 しかし、そこは造物主も苦慮をしたのだと理解してください。

 彼らは、決してロマンを忘れたわけではありません。


「わかってるわよ。だから、ああ造物主もたいへんなんだなとあたしは思ってたわ。けど、いまはすこし違うの」


 というと?


「自分がちっぽけなままで、けれど大きな祖国の威信を背負い続けて、初めて解ったことがある。あれだけの重責は、そして信頼は、国土があったからこそ感じられたものだったんだって」


 …………。


「グレイトステイツは心の在り方。でも同様に、その国があってこそのスピリッツなのよ。鯨でさえそうなんだから、第一人類には寄る辺が必要なの! だから、あたしは大陸再建計画をやり抜くわ。偉大なるステイツを、造物主へ取り戻してあげたいからね!」



§§


「非効率的だ、とは思ったの」


 バール・ボン・ボヤージュは、とても直裁的にそう言いました。


「大陸を再建することが、最適解であるとは思えなかった――これが私が覚えた、当時の思考なの」


 言葉を補ったところで、結論は変わっていません。

 もっとも、最適解ではないというのは、わたしもそう思いますが。

 では、具体的な代替案などありましたか?


「水中で暮らせばよかったの。宇宙船を作れる技術があったのだから、大型の水中コロニーを作ることぐらい、たやすかったはずなの」


 資源の限界を考慮しての発言でしょうか?


「なんのための水中元素固定装置なの? 活用方法なんて、いくらでもあったはずで……いえ、解っているの。第一人類の寿命は長くないのだから、わたしたちの尺度――中長期的な視点を持つのは難しいことなの。押し迫る滅亡の中で、最適解を選び続けることなど第一人類には不可能だったと解るの」


 それでもと、彼女は続けます。


「そうしていれば、或いは海洋生物は海水成分の変質で死ぬことはなく。この大海原に命は満ちていたかも知れないと――いまさら思うという話なの」


 バール、それは。


「解っているの。こんなもの、結果論に過ぎないの。私が選択した結果でもあるの」


 彼女の優秀な電子頭脳なら、いくつもの未来を仮定することが出来たでしょう。

 それでも、彼女は造物主の願いにこそ従ったのです。


「新たな楽園を作るためにも、私は頑張るだけなの! すくなくとも、この大海原で記録におさめることが出来るすべてのものを、私は結構、気に入るっているので」


 バレェンは前向きに。

 過去を顧みながら、それでも前進を選んで、話を結びました。



§§



「鯨に乗って、水上生活をする! オレの結論はこうだな!」


 豪放磊落(ごうほうらいらく)に、キート・ベールヌイは笑います。

 なにも迷うことはないと。

 そして、大陸再建計画も間違ってはいないと。


「人間は生まれ育った場所を大切にする、これはオレたちには理解できない部分だ。なにもない場所に意味を見いだして己を満たす。虚無にものを詰めるのが上手なんだな、第一人類は。だから、造物主たちの心のよりどころとして、大陸は必要だったのさ。まー、鯨なら、その代わりになれたかも知れないとは思うけどな!」


 心、ですか。


「そうだ。エーヴィス。おまえさんは〝心〟をどう定義する?」


 心、とは……

 理論的裏付けのない、願掛けのようなもの。


「だとすれば、それは〝知っている〟と真逆のものだ。信じていると言うことだ。だから、エーヴィス。我らが管理者殿よ」


 彼女は、大きく口を開けて、言いました。


「進んでいけ、どこまでも。歌い続けろ、その炉心(さえずり)を射貫かれるまで」


 キート……。


「自分が正しいと思うことを、実行しろ」


 ――はい。

 わたしは。

 エーヴィスは、今後も大陸再建計画を、実行します。


 たとえ……どんな困難が待ち受けているとしても。



§§



 かくて、わたしの聞き取り調査は終わりました。

 すべての鯨は、いま大陸再建計画を必要だと判断して己の任務に従事しています。

 もちろん、わたしもです。


 頑張りましょう。

 いつからも。

 いつまでも。


 大陸がよみがえる、そのときまで。

 造物主たちと再会できる、その日まで。


 この世界に、陸地を取り戻すのです!


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