第四話 その名はイッカク
〝ユニコーン〟は、一直線にわたしへと向かってきました。
「アインヘリヤル……展開」
情報収集のため、ヴァールが〝群〟を展開します。
すると、ユニコーンの軌道が急変。
その巨体が、小魚のように機敏な旋回をし、最も近くにいたヴァールの子機を射貫いたのです。
さらに、ユニコーンはもう一体、子機へと、艦首先端の銛状物体を突き立てます。
装甲が、薄紙のように突破されるのを見て、ヴァールが警鐘を鳴らします。
「機能停止! あれは強力だ!」
ただの一撃。
造物主によって、科学の粋を結集して作られた鯨が、子機とはいえただの一撃で、たやすく破壊されてしまいました。
「備えろ! 〝やつ〟の銛は連発が利く!」
キートの通信に、全員が警戒レベルを跳ね上げます。
鯨を倒せる存在。
それはやはり、鯨しか考えられません。
もはやこの場に、その推論を否定するものはいませんでした。
「来るぞ!」
子機の大半を破壊した〝ユニコーン〟は、こちらをロックオン。
「だったらあたしが……!」
刹那、高速接近する〝ユニコーン〟とわたしの間に、キートとカフが割って入ります。
しかし……速い!
ユニコーンの速度は、その全長二十メートルからは推察も出来ないほどの高速。
六十……いえ、七十ノットは出ていたのではないでしょうか? ここが、水中であるにもかかわらずです。
「リ、ベーンジッ!!」
正面から衝突を図ったカフを、ユニコーンは円軌道を描いて回避。
二段構えで待ち受けていたキートが行く手を遮ろうとすれば、〝銛〟を展開します。
/演算終了。
/絶対的脅威判定。
「キート! その銛は、できるだけ末端で受けてください!」
「承知!!!」
わたしの忠告を受けて、即座に身を翻す大鯨。
その尻尾に、ユニコーンが激突します。
激しい火花とともに、キートの重装甲がたやすく貫通されました。
超深海にも耐えうる彼女の躯体を持ってしても、やはりこの銛は防げないのです……!
「受けて解った、分析結果を送るぜ!」
駆動系をやられながら、それでもキートは即座に情報の共有を図ってくれました。
傷口の形状はカフと一致。
残存物質から、HEAT弾頭――液状化金属による穿孔痕と判明。
つまり、ユニコーンのあの銛は。
「HEATパイル。いかなる物質も貫通する、最強の矛というわけですか」
「言ってる場合じゃないですわ……!」
ジンユーが体当たりをして、わたしの身体を跳ねあげてくれました。
そうしなければ、いま躯体下を駆け抜けていった〝ユニコーン〟に、わたしは串刺しにされていたでしょう。
ですがおかげで――準備が整いました。
電力。
プログラム。
行動パターン。
オールグリーン……!
「来なさい、未知の鯨!」
『――――』
無言で、しかしユニコーンは即座に反転。
こちらへ襲いかかってきます。
通常ならば躱せない速度。
それでも、正面から来ると解っていれば――!
『――――』
ユニコーンから伝わる僅かな動揺。
そう、わたしは攻撃を躱すでも受けるでもなく、組み付くことで無効化したのです。
伊達に、鯨の中で少女型の躯体を維持していたわけではありません。
こんなとき、四肢は大変重宝するのです!
「すこしパルスが乱れますよ!」
両のマニピュレーターへ電力を最大集中。
ずっと演算を続けていたプログラム――かつてジンユーへと使ったものの強化版――強制コアユニット排出プログラムを、たたき込みます……!
それはさながら張り手のように、ユニコーンの横っ面へ炸裂しました。
確かに、プログラムが相手の量子回路へと疾走する感覚。
決まったと、わたしは確信します。
しかし――
『――――!』
大きく振られるユニコーンの機首。
張り付いていただけのわたしは、突然のことに対応できず、振り飛ばされてしまいます。
止まりません。
コアユニットの排出は確認されていません。
つまり、ユニコーンは電子回路に対するこちらのハッキングを無効化したわけです。
こちらの切り札は、こうもたやすく破られたのでした。
悠然と距離を取り、こちらを睥睨する正体不明の鯨。
傷ついた仲間たちが、万が一に備え包囲をはじめますが、それでも動揺のひとつすらみせません。
ただ、〝それ〟はわたしをジッと見詰めて。
……どうやら、意志はあるようですね。
ならば、対応は一つです。
「すべての鯨の管理者、大陸再建計画の実行者として問います。わたしはエーヴィス。貴艦、鯨名を告げなさい」
ジリジリと縮まる包囲網。
動かないユニコーン。
「繰り返します。貴艦、鯨名を告げなさい」
『――我は』
――!
突如音波を発したユニコーンは、こちらへと応じる構えを見せました。
驚異的な性能と、鯨が保有することを禁止された兵器を持ち合わせた、角持つ鯨は。
ついに、その名を口にしたのです。
『我は〝イッカク〟。自然生命保護団体〝母なる海〟のエージェントにして』
――〝彼〟は、宣言しました。
驚くべき己の使命を。
『大陸再建計画を、転覆させるものだ』




