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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
第一章 その鯨は、なぜ自殺志願と呼ばれていたか
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第一話 自殺志願の鯨は、超深海でなにを聴いたか?

 鯨といっても、みな一様に同じではないのです。

 造られたお国柄、その時々の事情によって、異なるアルゴリズムを持っています。

 異なる願いを、託されているのです。


 唯一共通するのは、海中の元素を固定し、陸地を増やすという使命だけ。

 大陸再建計画に従事するという役目だけ。

 そうして、なかには変わり者の鯨もいるわけで――


 自殺志願。


 そう呼ばれる鯨がいました。

 露国が開発した、キート・ベールヌイと呼ばれる鯨です。

 彼女は常に、深海の水底(みなそこ)――そのさらに先を目指してダイブを続けていました。


「なぜ、キートは潜り続けるのですか?」


 エーヴィスの質問に、彼女は与太者のように笑って答えます。


「証明するためだよ」

「なにをです」

「オレを造った奴らの、学説が正しかったことをさ」


 水面下10911メートル。

 地殻変動を経てなお、もっとも深きとされる海の底。

 しかし、彼女の生みの親たちは、その先があると考えました。


「超低温水域。この温度差が、ただの海流の境界を海の底だと誤認させている」

「キートはそれを信じているのですか」

「信じているかだって?」


 すでに全長十五メートルまで成長した躯体(くたい)の大口をわざわざ開いて、彼女はカラカラと笑います。

 そのたびに沢山の泡が発生するので、わたしは安定翼(ヒレ)を展開するはめになりました。

 小さなボディーというのは、こんな時不便です。


「違うな、これが正しいって知っているんだ。だから、何度でも潜ってみせる」


 笑うたび、彼女の身体は軋み(ひめい)をあげます。

 度重なる深海へのダイブで、その躯体はボロボロ。

 いまにも限界を迎えようとしていました。


 自殺志願(ブルー・スーサイド)


 それは、成長をまっとうし、予定どおりに陸地へとなる前に、無茶を通して朽ち果てようとする彼女へと仲間たちがつけた渾名(あだな)でした。

 彼女を案じて、与えた(いまし)めでした。

 いかにクジラが頑強とはいえ、それは不毀(ふき)であることを意味しないのです。


「……では、提案があります」


 無論、わたしもまた、彼女を失いたくはありません。

 だから、こう告げるのです。


「エーヴィスも、一緒に超深海を目指させてください」


 ――と。


§§



 大陸再建計画には、懸案事項がいくつかありました。

 そのなかでも、誰もが真っ先に思いつく懸念。

 そう、海水中の元素が枯渇した場合、どうするかというものです。


 理論上、惑星中心から海底火山や熱水噴出口を経由して吹き出すミネラル、レアメタル、その他元素は、底をつかないものだと考えられています。

 しかし、このデータとて地殻変動以前のもの。

 状況はイレギュラーであり、いつ噴出が止まり、埋蔵資源を使い切ってしまうか解りません。


 事実、資源を使い果たしたからこそ、第一人類は滅びの道へ足を踏み入れてしまったのです。


 この解決案として、わたしはかねてから一つの提言をしていました。

 それこそが、海底の開拓。


 海の底に限りがなければ、当然資源も潤沢になります。

 いま海底とされている場所よりも、なお深い場所があるのなら、活用可能資源の量は飛躍的に上昇するでしょう。

 すくなくとも、試算をやり直すことは出来ます。

 そのために、エーヴィスはキートへの同行を申し出たのでした。


「管理者殿は物好きだな。オレとランデブーしたがる鯨がいるなんて、思いも寄らなかったさ」

「管理者だからこそ、必要なことはすべてやるのです」

「最初に造られた鯨の義務感かい?」


 ゆっくり首を振ります。

 たしかに、わたしは一番初めに建造された鯨です。

 AIとしての稼動期間も最長と言えるでしょう。

 いわば初号機です。


 しかし、たとえばキートや他の鯨たちと違って、わたしは元素固定を積極的に行ってはいません。

 エーヴィスの躯体は、計画開始から十年が経過したいまも、一メートル少々なのです。

 役割が違うことから来る差違ですが、小回りの利くこの躯体を、わたしは気に入っていました。

 このサイズで、この形状だからこそ出来ることと言うのがあるからです。


「問いへの答えは否です。義務ではありません」

「じゃあ、なんだい?」

「これが正しいことだと、知っているのです」


 キートは瞬きをして。

 それから愉快そうに笑いました。


「なかなかどうして、ヤーボンのAIも優秀だ」

「当たり前です。エーヴィスはかしこいので」

「……不思議だ。あんたの側にいると、思考回路が落ち着いてくる。そのリアクターの音が独特だからだろうか」


 私の炉心は、月との通信を想定してブースターが履かされています。

 ゆえに、他の鯨とは違い、52Hzの駆動音が常に漏れているのです。


「とても綺麗な唄だ」

「……いいですから。早く潜りましょう」


 わたしは、なんだか急に躯体の温度が上昇してしまいました。

 冷却のため潜行をはじめると、キートがすぐにあとを追ってきます。

 彼女はわたしを抜き去ると、先導するように前へとつき、適切はアドバイスをくれます。


「ゆっくりとだ。一気に潜ると、駆動部位に負荷がかかる」

「了解」


 そして。

 私たちは一路、水底を目指したのです。


 とてつもない冒険が、幕を開けたのでした。


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