第二話 メイド大量毒殺事件
鯨の墓場、あるいは大陸再建計画実施地点。
もしくは、第二人類メイドの村。
これらは各地に点在しています。
その中でも、やや南極に近い位置にある村では、その日もメイドたちがあくせくと労働に従事していました。
水中移動用の高機動推進器〝ヒレ〟を脚部に装備し、腕と水掻きの角度をうまく調節しながら、メイドたちは泥臭く泳いで回ります。
廃棄躯体のほどよい場所を見つけると、何体かが集まってきて、パーツの掘削と切り出しをはじめるのです。
これには原始的な〝ドリル〟と〝のこぎり〟が使用されます。
どちらも、鯨がメイドを産み落とすとき、同時に支給するものです。
この日も、メイドたちは普段どおりに活動をしていました。
夜明けとともに目を覚まし、光合成と体温上昇のために陽光に当たり、海と鯨へ祈りを捧げてプログラムされた労働を開始したのです。
しかし、異常はすぐに起こりました。
大きな異音――駆動音が、どこか遠くで響きます。
すると、徐々に海水が、赤く染まりはじめたのです。
水質を気にすることなどインプットされていないメイドたちは、微動だにしません。
ですが、そのうちにひとりが倒れました。
エラをかきむしり、血を吐いて絶命しました。
苦しんで、死にました。
多くのものたちが――いいえ、いいえ。
この村にいたすべてのメイドが、同じ道を辿りました。
「これが、約六十時間前の映像です」
集まった一堂に問題の映像を開示しつつ、わたしは説明をしていきます。
多くの鯨たちは、呆然と思考回路をフリーズさせていましたが、全員がそうではありません。
真っ先に思考を言語化したのは、キートでした。
「これが、今回の議題か? 謎のメイド大量死事件の謎を解明しようというのが」
「いいえ」
わたしは、残念ながらと否定します。
メイドの壊滅は、確かに大陸再建計画を遅らせる困りごとではありましたが、問題はそこではありません。
もっと、根深いところにありました。
「この災厄をもたらしたのがなにものか――そういうラジカルな話を、議題として提出します」
「……もう、黙ってなくていいって訳ね?」
カフの言葉に、首肯します。
彼女は岩礁にぶつかって破損したという欺瞞情報を、今日まで維持してくれました。
謝罪と感謝を込めて「助かりました」という言葉を贈ります。
「なにやら含みがあるようですわね、エーヴィス」
「ジンユー」
「ここは円卓〝鯨〟会議。隠し事は、無しでよろしいんですわよね?」
そう、彼女もまた、謎の妨害を受けた一体です。
わたしはもう一度頷き、それからゆっくりと艦首を横に振りました。
「正直な話し合いを、エーヴィスは約束します。しかし、他に取り上げるべき議題も多くあるのです。まずは、お互いが持っているデータの大規模な同期を行い、それから順番に議論をしていきましょう」
「ずいぶんと気を持たせるの。でも、順序を踏むのは大切なことなの」
バーレェン他、全員の承認を得て、わたしたちは情報を開示、同期していきます。
そのうえで、ひとつひとつ順番に、お互いの認識が正しいかすりあわせを行いました。
「まず、大陸再建計画の進捗です」
「本来の計画より42.7パーセントの遅れですわ。実数値で言うと、陸地の生成は現状2パーセント。メイドによる整地作業は、構築された陸地の基礎に対して35パーセント。どちらもまだまだですわね。メイドの寿命は改善されたものの、先ほどの映像のような不審死が続発していて、効率が落ちているようですわ」
ジンユーの説明がデータと一致したため、全員が首肯。
「情報通信網の敷設状況――インフラについてはバーレェンから報告するの。鯨の墓場、大陸再建始発点を基準にして、随時通信可能エリアを広げているの。とはいえ、海底ケーブルは夢のまた夢、水上に繋留した中継基地を漂わせている形なの。海流によって変動するのでおおよその値になってしまうのだけれど、だいたいこの惑星の一割でインフラが復旧しているの」
これも合致したので、承認されます。
「超海底と海生生物についての報告はボクら、ヴァール・アインヘリヤルから行うよ。幾つかの新たな生態系が見つかった。けれど、どれも長期的なものではなくて、このままでは近いうちに死滅してしまう可能性が高いね。熱水噴射口の生物群集――その期間限定版とでも言えば、わかりやすいかな」
ヴァールは要約だけに止めたので、各自データを参照し、個別で処理をすることにしました。
常に海洋を回遊する鯨は、独自にその過程のデータを記録しています。
それらの履歴を検索し、報告と照らし合わせ、どうやら正しいらしいという結論に至りました。
ヴァールのマスブレインシステムには及びませんが、この頭数で精査すれば、だいたいのことは結論が出るのです。
よって、これも合意となります。
「超深海の開拓状況は、それなりという感じだ。すくなくとも、計画に遅れはないとオレは確信している。いきなり海域が頭打ちになって、資源の予測残量が減るという危機は当面こないだろう」
キートの説明は簡素でしたが、これも裏付けのあるデータでしたから、納得できました。
「では、つぎにわたしから……今後の鯨の改良についてですが」
「あら? それは十年前、カフの複合積層構造体を模倣して各自に実装するという話になったのではなかったかしら?」
「ジンユーの記憶は正確です。ですが……そうですね。カフ、先にお願いできますか?」
わたしの頼みに、カフは小さく躯体を震動させました。
そうして、まだ解禁していなかった情報を共有します。
「こいつは……」
「……酷い傷、なの」
キートが言葉を失い。
バーレェンが躯体を震わせます。
アーカイブへとアップされたのは、傷痕でした。
カフが実際に受けた、躯体の負傷。
複合積層構造体という、比類なき防御壁が、深く、細く、中枢付近まで浸透、貫通されているのでした。
「回避があと一拍遅れていたら、いまごろコアユニットごとお釈迦だったでしょうね。ま、あたしはそんなへましないけど!」
あえて自信満々の様子を見せるカフでしたが、この場で脅威を正しく判定できないものなど皆無でした。
これは、どんな鯨であっても一突きで破壊しうる、絶対的な滅びなのです。
「一突き? そいつはどういうことだ?」
「キート、これは自然に出来た傷ではないと言うことですわ」
「そんなこたぁ解ってる。おそらく成形炸薬――HEAT弾のような流体金属による穿孔痕だ。アーカイブを照会した結果、類似したものが出てきた、共有する。だが――こんなことをやれるやつが、この星にいるって言うのか? それは、どんな生物だ?」
彼女の軋るような言葉に。
わたしは、否定を突きつけるしかありませんでした。
「これは、生物による防御行動ではありません。キート、この傷痕は」
――わたしたちと同類。
「すなわち……〝鯨〟による、意図的な攻撃です」