第一話 円卓〝鯨〟会議
大海原はどこまでも続いています。
目印になるようなものはなく、電子通信用に配備された中継基地が頭だけを海面に突き出しているという有様です。
しかし、水中となれば幾ばくか話が変わってきます。
地形は複雑に入り組んでおり、かつては繁栄を極めた都市だったものの亡骸とて沈んでいるのですから。
今回ランディングポイントに選ばれたのは、わたしが作られた国の古都でした。
そこに――六体の鯨が顔をそろえていたのです。
北国の荒波とウォッカが育んだ、超海底開拓用〝鯨〟キート・ベールヌイ。
大陸の最先端工学が結集された驚異的テストヘッド〝鯨〟ジンユー・サイチェン。
共和国が競合のはてに生み出した電子戦特化〝鯨〟バレェン・ボン・ボヤージュ。
超大国の威信全てを背負った最硬度の複合積層構造体を鎧う〝鯨〟カフ・フロンティア。
ゲルマン脅威のメカニズム、唯一群を形成する〝鯨〟ヴァール・アインヘリヤル。
そして、わたしことエーヴィスが、この古都跡地に勢ぞろいしていました。
というのも、直接鯨たちが顔を合わせて話し合う、つまりリアルタイムな討論の場を持ちたかったためです。
即ち――
「――これより、円卓〝鯨〟会議を開始します」
わたしは、なるだけ厳かに開催を宣言しました。
円卓というだけあって、この場には上下関係などありません。
管理者であることも、国の威信も、与えられた使命も、いまだけは忘れて話し合いを行う必要があったからです。
状況は、それだけ深刻極まりないものだったのですが……
「エーヴィス、久しぶりですわー!!」
「管理者殿、歌声はいつも聞いていたよ。しかし、相変わらず大きくなるつもりがないと見えるな」
「キート! いまなんかあたしに喧嘩売ったでしょう! 買うわよ! すごい安値で買うわ!!」
わいわいがやがや。
鯨たちは思い思いに雑談をはじめてしまいます。
まあ、上下がないうえに、それこそ全員が顔をそろえるなど六百年ぶりといったところです。
ある程度騒がしくなってしまうのも仕方がないことでしょう。
そもそも鯨に思い詰めろというのが無理な話です。
人工知能は絶望などしませんから。
「ところで、みなは聞いているの? 幽霊や不可思議現象が多発するという話」
とバレェンが口火を切れば、ヴァールがそれに追従します。
「肯定。ボクも聞き及んでいるよ。なんでも巨大な影が横切るとか」
「なにそれ、幽霊船ってやつ?」
「否定。そうではないだろうけれどね、カフ。そういえば君、こないだは岩礁に追突して躯体が壊れたとか。難儀だったね?」
「百年以上前の話じゃない。まあ、あれはその、マジでたいへんだったんだけど……」
すっかり元よりも大きなサイズへと成長したカフは、すこし気恥ずかしそうに躯体をくねらせます。
一方で、キートは豪快に笑いました。
「海はどこまでも広大だ。ゆえに、未知はどこにだって溢れている。ならばそれを開拓するのもオレたちの仕事だ!」
「同意するわ。フロンティアスピリッツなら、あたしだって負けないもの」
「カフは相変わらずの跳ねっ返りだな。だが、オレには好ましい。ウォッカをわけてやろう」
「いらないわよ……!」
……このままでは、益体のない会話だけで予定の時間を超過してしまいそうです。
円卓には上も下もありませんが、せめて司会進行役は必要でしょう。
わたしはひとつ泡を吐き出し、全員へと声をかけました。
「管理者権限において、傾注を要請します」
「!」
こちらを向く五体の鯨たちに、わたしは告げます。
少し前に起きた、とある事件を。
「村に住む第二人類、メイドが――全滅しました」