レポート3499 なぜ鯨の墓場は壊滅したか?
たいへんな事故が発生しました。
試作段階の大型発電炉が、周囲一帯を巻き込み吹き飛んだのです。
ことの起こりは、メイドによる躯体の再利用でした。
電波中継基地の他、メイドたちには躯体を均して陸地を広げるため、様々なツールの作成を促している状況だったのです。
なかには彼らの住居や、娯楽用品といった計画の本筋とは関係ないものもありましたが、大型工具や掘削機械、それらの動力源となるリアクターなど、必要不可欠のものも同様に構築が進んでいました。
そんななかで、一つの実験が行われたのです。
発電設備の開発。
鯨は太陽光と酸素、水からエタノールを作成することが出来ます。
これは、水中元素固定装置の応用によるものです。現在のところメイドが使用するあらゆるツールの燃料として、エタノールは活用されていたのでした。
しかし、エタノール埋蔵量は躯体の元素固定量に比例します。
簡単に言えば、どの程度躯体が大きくなったかで積載される燃料が変化し、廃棄されて初めて、メイドへと供給がなされるわけです。
鯨の成長には、約40年の時間が必要となります。
旧来のメイドであれば、このスパンで十分活動可能なエタノールが供給されるはずでした。
しかし、仕事量の増加に伴い、新たなエネルギー源を必要とする状況が急増。
そこで、わたしは一つの提案を行いました。
振幅炉を、模倣してはどうかというものです。
無論のこと、永久機関たる振幅炉は増産が利くものではありません。現環境で作成するには、圧倒的に資材も設備も電力自体も足りていないからです。
ロストテクノロジーと言い換えてもいいでしょう。
とはいえ、ないならないなりに考えるのがAIというもの。
代替案として、仮称疑似振幅炉を、開発しようということになりました。
振幅炉の仕組み自体は単純なのです。
時間結晶に対して膨大量の電力を注ぎ込むことで火種とし、最初の振幅への助走とします。
つぎにこれを三次元的に固定化し、振幅が行われているという状態を半永久的に維持、四次元から電力を組み上げる動力とするわけです。
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簡単に言えば、永遠に止まらない振り子のようなもの。
この、永遠に動かすための、最初の一歩として必要とされる電力が尋常ではないため、現代では開発が不可能と判断しています。
それだけの発電設備、蓄電施設がまずありませんし。
時間結晶の核となる特殊な物質も存在しませんので。
とはいえ、振り子の原理自体は応用が可能。
そこで、水中元素固定装置が固定した物質を核として、メイドに疑似振幅炉の建設を任せました。
このプランは実行に移され、一定の成果を上げます。
電力問題は、これで大きく前進。
すくなくとも大電力が手に入るため、次はもう少しマシな疑似振幅炉を開発できる。
――わたしたちは、そんな甘い演算をしていたのです。
結果。
疑似振幅炉は爆縮。
幸いなことに、被害はメイドの全滅と、鯨の墓場を基点とした十数キロメートルの溶融という些事に終わりました。
無論、再発防止につとめるため、わたしは査察へと赴き現地調査を敢行。
そしてその場で、奇妙な物質を発見したのです。
それは氷のようであって、しかし決して融けることはなく。
硝子のようであって、どこまでも混沌と濁った潜熱を持つ物質でした。
これに該当するモノを、エーヴィスは知っています。
アーカイブには、記録映像が確かに眠っていたのだから。
ラムダP9。
それは、かつて第一人類が。
無限のエネルギーを擬似的に再現する研究の中で生み出した、試行錯誤の産物。
三次元の物体でありながら、多次元的な非平衡性パターンを持つ謎多きマテリアル。
失われたはずの特殊な資源からのみ生成されるはずの、特異結晶体。
すなわち、それこそが。
振幅炉を形成するために必要な、時間結晶の前駆物質なのでした。