レポート3011 メイドの村で数年暮らした結果
「大陸形成およびメイドの担当者として、わたくしには大いなる責任がありますわ」
ジンユー・サイチェンがそんなことを通信で送ってきたのは、メイドが第四世代に突入し、社会性の付与へと成功した頃のことでした。
落ち合ってみると、ジンユーはまた成熟した躯体になっており、いつでもコアユニットを排出できる状態で。
「同じ轍は踏みませんわ!」
と豪語してきます。
とても頼りになる仲間ですね。
さて、そんな彼女が切り出したのは、次のような話題でした。
「わたくし、礎になろうかと思いましてよ」
「具体的にどうぞ」
「メイドの集落で、コアユニットとしてしばらく残留したいと考えておりまして」
「危険ではありませんか?」
「危険かどうかを、確かめるために行くのですわ」
なるほど、彼女が何を提示したいのか、エーヴィスは理解しました。
たしかにわたしたちは、メイドに対しコアユニットを丁重に扱うよう刷り込みを行ってきました。
ですがいまのところ、メイドがコアユニットを確保した例というのはありません。
躯体から取り出し、安全性を担保した上で保管しているという実例がないのです。
ならば、やってみるべきでしょう。
「ジンユー、本当にあなただけで大丈夫ですか?」
「無問題ですわ! わたくしを見くびらないで戴けますぅ? おーほほほほほ!」
ここまで自身があると言うことは、なんらかの対策、希望的な演算が出来ていると言うことでしょう。
わたしは管理者として、彼女の行為に許諾を出します。
「ただしジンユーの様子は、可能な限りこちらでモニターさせて貰います。構いませんね?」
「致し方ないですわね」
そういうわけで、彼女のメイド村滞在記録が始まったのです。
§§
滞在初日。
鯨の墓場に着底したジンユーは、胎内のメイドとコアユニットを排出します。
やはり強制排出プログラムがなくとも問題ないようで、わたしは安心しました。
常にあれが必要となると、彼女固有のバグを疑わなければいけなかったからです。
少女型のジンユーのコアユニットは、予定どおり他の鯨の廃棄躯体に引っかかり、身動きがとれなくなります。
とれなくなった、という振りをします。
すると、それをメイド――もとから鯨の墓場にいた、集落を形成していたものたちが、確保に動きました。
〝ヒレ〟を装備した集団が、おっかなびっくりといった様子でジンユーに近づき、やがて数人がかりで抱えて、集落の中心部へと連れて行きます。
「悪くない待遇ですわ。自分で泳がなくてよいというのは、なかなか乙なものでしてよ」
と、この時点では余裕たっぷりの通信を、彼女は送ってきていました。
しかし――
「ど――どういうことですのー!?」
混乱しきったデータとともに、緊急連絡がもたらされます。
いえ、どうもこうも、ちゃんとモニタリングしていますから、問題ないですよ。
「問題大ありですわ!」
怒鳴るように電波をばら撒く彼女は、現在祭り上げられているのでした。
/アーカイブを参照
/適切な語彙を選出
村の中心には〝祭壇〟が築かれています。
コアユニットを中心に高く掲げたもので、周囲ではメイドたちが傅いたり舞い踊ったりしているのです。
踊り。
そうです、メイドにはいま、踊りを理解する知能がありました。
舞踊だけに限りません。
廃棄躯体から作ったと思われる楽器により、奇妙な音色が奏でられており、それはさながら〝盆踊り〟のような有様でした。
一体のメイドが、ジンユーの前に跪き、捧げ物をします。
それは、近海で拾ってきたと思われる硝子。
海流と砂に現れて角の取れた、いわゆるシーグラスと呼ばれるものでした。
……どうやら、メイドにとってああいったものは、神聖な価値を持つようです。
第一人類の遺物なのですから、それはそうなのですが、予想外の社会性に、わたしも演算が追いつきません。
高度な社会性というか、文化を持つこと自体は、メイドの活動時間を延ばす上で有用でしょうから、このままジンユーには実験を続けて貰いましょう。
「そ、そんなーですわー」
情けのないデータを送ってこないでください。
自分で志願したことなのですから、最後までやり遂げるべきです。
頼れる仲間に、わたしはそんなエールを送るのでした。
§§
滞在二日目。
メイドたちが、大陸再建を一時中断。
躯体を散発的に掘り返す行為が確認されました。
演算の結果、ほかのコアユニットを探しているのでは? という推論が立ちます。
ジンユーは祭壇が降ろしてもらえていません。
滞在五日目。
最年長のメイドが、ジンユーの前に現れ、腹をみせて四肢を突っ張るように伸ばしてみせました。
彼女共々、それがなにを意味するか理解できずひたすら議論を交わしましたが、
「これ……ひょっとして〝土下座〟や〝五体投地〟に該当するのではありませんこと……?」
という、ジンユーの発言で確証を持ちました。
やはりジンユーは、プログラムどおり丁重に管理されているようなのですが、どうもそれとは別に、神として崇められているようです。
滞在十日目。
ついに最年長のメイドが、メイドの独自言語によって長広舌をはじめました。
あまりに長いため、抜粋すると、
「はじめに鯨あり」
「われら、鯨より生まれる」
「はじまりの鯨、似ている、あなたと」
「きっとあなた、神の使い」
「われらに繁栄を与えたまえ」
という感じでした。
完全に、ジンユーを天使や、それに類するものとして判断しているようです。
……というより、最初にメイドを放出したのはジンユーなので、あながち間違っていないのが面白いですね。
この事柄についてアーカイブスを検索した結果、メイドの活動は極めて原始的な宗教――アニミズム的要素を含んでいることが判明しました。
ひとつの神話体系が誕生している場面に立ち会うという得がたい経験に、たいそうな喜びを感じます。
「面白がってるんじゃないですわよ。こっちはたいへんですのよ!?」
それは、解っていますが。
エーヴィスとしては、経過観察するしかなく。
そうして、長い長い滞在期間が経ち。
約、五年目。
ジンユーのコアユニットは、とうとう祭壇に収まりきらないほどの躯体を形成しました。
当然です。
水中元素固定装置は、わたしたちの一存でオンオフが出来るものではなく、常に全力可動で元素を固定しているのですから。
さて、これだけ大きくなると、メイドたちも扱いに困りはじめました。
ジンユーも、そろそろ限界のようでしたから、撤収を促します。
「ようやくですわね……おさらばですわ、わたくしのメイドたち」
若干の名残惜しさがあるのか、どこか喜ばしい様子で村から出発しようとするジンユー。
周囲で工事道具を構えるメイド。
「うん?」
「あれ?」
じり、じりり……と、メイドたちがジンユーへと迫ります。
これは、まさか……
「く――鯨狩りですわ!?」
悲鳴を上げたジンユーが、推進器を最大出力にしてその場から離脱。
メイドたちは鬨の声を上げながら、彼女へと襲いかかります。
なかには〝ヒレ〟を履いて、長距離追走の構えを取るものまでいる始末。
追撃、捕鯨、大逃亡劇。
ギリギリ限界で、なんとかジンユーは逃げ切ることに成功しました。
合流した彼女は、戦々恐々といった様子で、
「め、メッチャ怖かったですわ……リアクターへの悪影響にもほどがありましてよ……」
などと、うなだれます。
「ありがとうございます、ジンユー。貴重なサンプルデータが得られましたよ」
「最後の。最後のアレなんですのっ?」
あれは、おそらく。
「メイドはコアユニットを神の使いとして認識しています。しかし、どうやら鯨自体は陸地を整備するための材料だと考えているようで……どこで命令がこじれたのかは不明ですが、次の世代では修正しなければならないバグですね」
「バグ……」
力が抜けたように、コポコポと海底へと沈んでいくジンユー。
その横に付き添いながら、わたしは彼女へと労いの言葉をかけます。
「任期全う、まことにご苦労様でした。それでは、ジンユー。次回のメイド村の調査ですが、四十年後を予定していて――」
「もう、滞在記録は、まっぴらですわ……!!!!!」
かくして。
メイドの改善に対する鯨の実地調査は、次から持ち回りとなったのでした。
やれやれ。
本当に、同じ轍を踏まない鯨ですね、ジンユー?