第一話 たいへん! メイドの寿命は僅か十年!?
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往々にして、由々しき事態というものは、物事が無難に推移しているときにこそ発生します。
上を向いているときほど足下をすくわれやすいとは、第一人類はよく言ったものですが……今回は、第二人類。
すなわち、メイドの抱える問題です。
そもそもメイドは、海中を徒歩で移動し、鯨の廃棄躯体を均して陸地を整形するための労働力です。
移動性向上のため〝ヒレ〟を開発したり、躯体側のパーツを使って電波の中継基地を作るなどは、いわば後付けの機能に過ぎません。
大前提として、メイドには陸地を耕す義務があります。
……なのですが、このメイド、造物主たちが当初想定していたよりも、遙かに稼動期間が短いのです。
具体的には、十年ぐらいしか生命活動を維持できません。
十年。
それは鯨の稼動期間から見ても、あるいは大陸再建計画からみても、短すぎる時間でした。
労働力なのだから多産すればいいだろうという意見はもっともなのですが、メイドは成熟した鯨からしか産まれ得ません。
そうして、鯨は成熟するまで、約四十年の時間を要します。
これは完全な不一致です。
なので改善の必要があると、エーヴィスは考えました。
まず、メイドと海洋の相性を演算します。
状況はあまり芳しくありませんでした。
極限環境へと対応するために生み出されたメイドであっても、現在の海洋の構成要素は猛毒であり、とても生存に適しているとは言えません。
……が、それは造物主たちも織り込み済みで、メイドには種々の拡張領域が残されています。
また鯨本体にも、時限式で解放される技術データがありましたから、都度対応することが可能でした。
その一環として、わたしは他の鯨たちの承諾を取り、メイドに一定の環境適応能力を付与することにしたのです。
一回目のアプローチ。
移動性能の増加を考え、〝ヒレ〟と命名した高機動海中移動機装置を与えました。
効果は……いまひとつ。
確かに、海洋での活動時間は向上しましたが。
しかしどうにも頭打ちで、作業効率は上がっても寿命が延びるほどではありません。
「ですが挫けません。エーヴィスは我慢強いので」
ネクストプラン。
第一人類の生活史を参考に、メイドの大まかな一生を観察します。
最初期。
躯体胎内から離脱し、周囲の探索と躯体の分解を行う。
腹部に合成栄養素が充填されているため、膨大を確認。
初期。
躯体の均等化作業に従事。
腹部の膨れがずいぶんと小さくなる。
中期。
同上。ただし、作業効率の著しい低下を確認。また、失敗が多発。
痩せ細る。
末期。
ほぼ稼動停止状態。
最低限の骨格と筋肉量も維持できていない。
「いったい、なにが問題なのでしょう」
必死で演算回路を回します。
いくつかの仮説が浮上し、棄却され、多くの時間を仲間たちとの議論に費やし……やがて、事実らしい答えが出力されました。
「まさか、こんなことがあり得るのですか……?」
大いに信憑性を疑いましたが、他の鯨と情報を共有し、検証と演算結果の照合を行ったところ、間違いないという結論が出てしまいます。
そう、本当に驚きの結果なのですが、第二人類。
メイドたちは。
過労と栄養失調で、生命活動を停止していたのです。
§§
問題さえわかってしまえば、打つ手などいくらでもあります。
まず、内蔵式だった栄養源を、外部から摂取できるようにプランニングします。
素材としての海水中有機物は、ある意味で貴重です。
鯨の仕事は水中の元素を固定すること。
メイドを産み落とすまでなら、非効率とはいえ徐々に蓄積された有機物で栄養素を作れますが、これを継続的に与えるとなると、業務が破綻します。
なので過去の生態系を吟味し、もっとも効率的、もっとも生産的な栄養源の確保方法。
光合成に近似したエネルギー算出能力を、メイドらに付与します。
体表の色彩や、内臓系の一部を調節することになりましたが、これは百年ほどで問題なく固定できました。
つぎに、彼らの思考アルゴリズムへと、休息という概念を付与します。
エネルギーを無駄遣いせず、効率的な稼動を図ったわけです。
さらにダメ押しで、住居も作らせることにしました。
海流や漂流物との衝突事故を防ぎ、身体を休める意味合いを持ちます……おそらく持つと、アーカイブを参照した結果、判断しました。
材料となるのは、躯体の残滓。
これらも最終的には陸地になりますから、無駄がありません。
加えてメイドは、住居で自己のメンテナンスも行います。
結果、メイドの寿命を、どうにか五十年まで延長することに成功しました。
ここまでくれば、ぎりぎり鯨の熟成パターンとのすりあわせが可能です。
非効率極まりなかった生産系が、ようやく整備されたといってもいいでしょう。
大発展です!
この時点で、二百年ほどの時間を必要としました。
メイドの寿命や、作業効率、移動範囲などを調整、拡張した結果、鯨狩りという事件が起きてしまったわけですが、そこはそれ。また別の機会にまとめて月へは送信しましょう。
あれもそう、必要な犠牲でした。
さてはて、喫緊の問題であったメイドの延命には成功したわけですが。
しかし今後もメイドを長期運用していく以上、さらなる改善は必要だと判断するしかありません。
どうしたものか。
なにか妙案がないものかと中央演算装置をひねっていた頃。
わたしは、その鯨から相談を受けることになったのです。
「ちょっと、知恵を貸しなさいよ管理者」
カフ・フロンティア。
世界最強の超大国、ステイツ製の彼女は。
「その……あたしって、どうしたらもっと大きくなれると思う……?」
他の鯨が成熟するまでの期間で、五分の一ほどしか大きくなれないことから、〝イルカ〟と渾名されていたのでした――