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鯨骨惑星群集 ~始まりの少女は52Hzの詩を運ぶ~  作者: 雪車町地蔵
送信先:月面 ノアの箱舟管理AI A.R.V.I.S.β 宛
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レポート3266 海洋調査で発見された生物の詳しい生態について

 ヴァール・アインヘリヤルの〝群〟による海洋調査は、今日まで継続的に行われています。

 ずいぶんと海洋生物の姿は減少しましたが、それでも生き残っている個体は確認されているのです。

 また、調査の過程で興味深い遭遇を果たすこともありました。


「……古代魚、ですか?」

肯定(ヤー)。これは間違いなく、紀元前の魚だ」


 呼び出されて来てみれば、大変突飛な言葉(ワード)を投げかけられて、混乱します。

 大陸沈没から、はや数世紀。

 たしかに当時存在していた魚は、古代魚と言っても差し支えないかも知れません。

 また、生物が生き残っていたこと自体は、ひとつの僥倖(ぎょうこう)と言えたでしょう。

 しかし、紀元前の魚って……


「ヴァール、あなたには余暇とメンテナンスが必要なのではありませんか?」

否定(ナイン)。ボクは壊れちゃいないよ。見てくれ」


 指示された先、海中の奥深くへ、センサーを向けます。

 ……たしかに、魚のようなものがいます。


「仕方ありませんね」


 /アーカイブを検索

 /検索中……

 /該当の魚類を発見

 /参照開始


 なるほど、この魚の名前は、シーラカンスというのですね?


「……シーラカンス!? あの!?」


 わたしは。

 たぶんはじめて……驚愕という感情を手にしたのでした。



§§



 シーラカンス。

 八つのヒレと、筋肉質な身体、そして固い鱗を持つ古代魚。

 ……そう、第一人類が活動していた頃には、すでに絶滅種や化石種などと呼ばれていたにもかかわらず、南海の海で生きているところが発見された、あのシーラカンスです。

 そんな魚が、まさか現代まで生き延びているとは思いませんでした。


「ですが、記録にあるものと、ずいぶんサイズが違いますね」


 わたしたちの下を、悠然と泳いでいるシーラカンスの体長は、6メートルほどもあります。

 魚類としては極めて大きいと言うしかありません。

 それこそ、生物のクジラに近しいサイズです。


肯定(ヤー)。なんでも、太古のシーラカンスはずっと小さかったらしい。けれど何万年と生存競争を勝ち抜くうちに巨大化したともアーカイブには書かれているから」

「さらに大型化したと?」

肯定(ヤー)


 なんとまあ、すさまじい生命力です。

 しばらく観察を続けたところ、ほかにも若干の魚類がおり。

 そして、この大きなシーラカンスは、この海域の(ぬし)のような振る舞いをしていることが解りました。

 彼の行動範囲(縄張り)に入る魚が、いなかったからです。


「普段はなにを食べているのでしょう? 食事の内容がわかれば、このあたりの生態系もより判明するのではないでしょうか?」

「どうやって調べるんだい?」

「無論、腹部を切開して消化管を取り出してですね――」

否定(ナイン)!」


 ヴァールが大音量の指向性通信をぶつけてきました。

 とても珍しいことです。


「そんなことをしたら、シーラカンスが死んでしまうじゃないか!」

「……なるほど。確かに成体サンプルの方が、得られる情報は多いですからね。この場合は長期的な分析もまた、有用であると判断します」

「そういうことじゃ、ないんだけど……否定(ナイン)、ともかく、解剖実験には反対だ。代案として、ボクのひとりに監視させるというのはどうだろう?」

「完全自律システムのテスト、というわけですか? うーん」


 わたしは、しばしの演算を必要としました。

 たしかに、ヴァール・アインヘリヤルという〝群〟には並列分散リンクという相互間ネットワークが存在します。

 これによって、彼女はたくさんの目と耳、そして判断材料を得ているわけです。


 今回の提案は、そのうちのひとつを独立させ、ある一定の簡単な任務に従事させたあと、再度リンクに接続し、影響を見るというものでした。


 いずれは試してみなければならない実験だったので、願ったり叶ったりと言えばそうなのですが。

 リンクと相互フィードバックが解除された状態の子機が、どんな振る舞いをするかは予測がつかず、これまで実行が見送られていました。

 ヴァールは、それをやりたいと申し出たのです。


「管理者としては、あまり推奨できません。それでも、やりますか?」

肯定(ヤー)。やらせてほしい」

「……わかりました。では、800時間に限定して、並列分散リンクの一部解除、および完全自立航行を承認します」

肯定(ヤー)! 感謝するよ、エーヴィス!」


 そうして彼女の一部と。

 シーラカンスの奇妙な時間は、始まったのでした。



§§



 ヴァール・アインヘリヤル。

 群れなす鯨。

 その子機は、だいたい5メートル。

 すなわち、件のシーラカンスより、一回り小さいぐらいの大きさです。

 小さいと言っても、それは長さの話で、体積自体は子機が上回ります。


 わたしとヴァールは、子機からの通信を観察し続けました。

 初め、子機はシーラカンスへと急接近。

 これに対してシーラカンスは――仮に〝彼〟とします――驚いたように逃げ出してしまいます。


 ……当然の反応であり、わたしとヴァールは頭を抱えることになりました。

 なるほど、子機にはアーカイブを参照する機能はありませんでしたから、動物との対応マニュアルが解らないのです。


 数日後、戻ってきたシーラカンスに対し、子機は、今度は慎重に接触アプローチを行いました。

 まず、遠巻きに距離を取り。

 それから〝彼〟の視界に入りつつ、ゆっくりと、少しずつ距離を縮めていったのです。


 ひと月が経った頃。

 ついに、子機と彼は触れあうような距離で泳ぐことに成功しました。

 もはやシーラカンスも、子機を敵や脅威とは考えていないようです。


 さらに半年が過ぎ、シーラカンスの食事に遭遇する機会を得ました。

 彼はゆっくりと海底に向かって潜行をはじめ、子機はこれに追随します。

 暗黒の空間の中、彼は道を熟知しているかのように迷いなく進んでいきました。


 やがて、深海と呼ばれる領域に達したとき、彼の口が大きく開閉。

 前方で、小さな光がパチパチと瞬きます。


 ぱくり。


 彼の顎が光を――警戒色をくわえ込みました。

 シラタマイカの……おそらくは仲間だと思われる軟体動物です。

 彼は時間をかけて、それを食いちぎり、呑み込んでいきます。


 見事な狩りの光景。

 その様子を子機は見続けていたわけですが、奇妙なことが起こりました。

 〝彼〟が、子機に向かって、食べかけのシラタマイカを差し出したのです。


 それは、驚異的な光景でした。

 なにせ魚が、子機を一種の仲間だと認めた瞬間だったのですから。


 子機は、最初どうするべきか判断に困っているようでしたが。

 やがて、そのプレゼントを、貴重なサンプルとして、受け取ったのでした。



§§



 その後も、長期的な追跡調査が行われましたが、〝彼〟というシーラカンスは未だ健在です。

 子機はヴァール・アインヘリヤルへと戻り、何事もなかったかのように機能しています。


 しかし、並列分散リンクが再起動したとき。

 中継者であり、中央電脳であるヴァールは。


「……また、〝彼〟に会いたいな」


 確かに、そんなことを呟いたのです。


 わたしはそれを微笑ましく見詰める一方で。

 管理者としては、冷徹に評価するしかありませんでした。


 そう、子機には。

 律するものを失ったとき、明確な自我が芽生える可能性があると。


 わたしは。

 これを月のわたしへと、問題点として、提言します。

 いかなる対応が必要か、それともこのままであるべきか、判断を願います。


 願います――


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