Recorder(記録器)
「レコ爺、この紙に書かれた部品をなるだけ早くそろえてくれないか?」
「えー、はん、はん、はん。これなら、ほとんど店と倉庫にあるもので何とかなるな。まあ、一部手に一れるのが難しいもんもあるが、三日以内にすべて用意できるだろうよ。」
「さすがレコ爺。」
「まあ、このくらいなら朝飯前じゃよ。だが、値段は高くつくぞ。大体このくらいかのう。」
レコ爺は顎に生えた立派な白いひげの束を触りながら、電卓に数字を打ち込んでいった。レコ爺が最終的に出した金額は、いち高校生がそうやすやすと出せる金額ではなかった。
「いくらでも出してあげるよ。なんたって今回は、ラムネとの共同研究だ。いくらでも援助金が出る。」
「へえーラムネ嬢ちゃんが出してくれるのか。」
レコ爺はそう言うと、電卓の0のボタンを押そうとした。その手を僕は掴んだ。
「けち臭いことはすんなよ、レコ爺。この値段をラムネに伝える。後で追加料金がかさむようなら、ラムネがこの店に乗り込んでくるから気を付けなよ。」
レコ爺はそれを聞くと、大人しく電卓から手を引いた。
「はあ、分かった。ラムネの嬢ちゃんを怒らすと怖いからのう。」
「ああ、そうだ。ラムネの拳もさることながら、蹴りは痛いぞ。空手かなんかを習ってたみたいで、もう信じられないほど痛いぞ。その老体じゃあ、複雑骨折は免れないな。」
「それはそれでありかもしれんのう……。」
「えっ、なんで?」
「いや、何でもない。今日はこのまま学校に行くんじゃろう。なら、放課後、またここに来ると良い。この店にあるものはまとめておこう。」
「分かった。」
「じゃが、ラムネの嬢ちゃんと何を作るつもりなんじゃ?」
「まあ、まだ秘密かな。分かるときはきっと、新聞かテレビのニュースになることは確かだな。」
「まあ、一茶の坊主とラムネの嬢ちゃんが組むんだから、きっとそのくらいの発明をするんじゃろうが、気になるのう。そうじゃのう、わしの幼稚な発想じゃ、タイムマシンくらいしか思いつかんのう。」
僕は思いがけず、秘密にしていたことを当てられてしまい、口を開けて、挙動が止まってしまった。おそらく、レコ爺に移る僕の顔はラムネと僕が開発しているものが、タイムマシンであることが図星であることを物語っていただろう。
「……冗談のつもりじゃったんじゃが、本当なのかい。」
「そっ、そんなわけないじゃん。タイムマシンなんてどんなSFだよ。」
「……まあ、そうか。いくらノーベル賞候補の天才少女でも、タイムマシンは作れないじゃろうな。」
「そうだよ、いくらなんでも、難しいよ。ハハハッ。」
「……でも、タイムマシンがあったら……、なんてことはたまに考えることはあるのう。」
「じゃあ、もし、タイムマシンを使えるなら、いつに戻る?」
「そうじゃのう、やっぱり、エジソンには会ってみたいのう。わしの人生を変えたレコードを生み出してくれたわけじゃしのう。」
「はーん、なるほどねえ。レコ爺はレコードが好きだもんな。」
「じゃあ、タイムマシン作ったらよろしく。」
「分かった、出来たら言うよ。」
「……引っ掛かったのう。やはり、タイムマシンを作ろうとしとるのか。」
「えっ、いや、別に、今のは言葉のあやで……。」
「なら、急いで準備しないとのう。」
「だから、違うって……。」
「それよりももうすぐ八時じゃぞ。急がなくて良いのか。」
「やばい、もうこんな時間!早く学校に行かないと遅刻する。」
「じゃあ、また放課後くるといい。」
「分かった、ありがとう。」
そう言って、レコ爺の店を出て、学校に向かった。
「ラムネの嬢ちゃんは立ち直ったのかのう、それとも、……。」
遅刻ギリギリで、学校に着いて、自分のクラスに入ってみると、いつもなら挨拶をしてくるラムネの姿がなかった。
「あれ? 亀山、ラムネ……じゃなかった、泡は?」
「泡?まだ来てないけど?」
「えっ、そうなの?」
僕はそれを聞いて、なんとなくラムネが今何をしているか予想がついた。昨日、ワープ装置からタイムマシンを作る方法を推敲するためにラムネはランドリーに泊まって、考えをまとめると言っていた。その時に気が付くべきだった。
ラムネは徹夜をするといった日の次の日は、必ず寝坊するのだ。高校に入ってからは無遅刻無欠席だったので忘れていたが、小学から中学まではラムネは徹夜が原因で遅刻魔の烙印を教師人に押されていた。
「亀山、泡のロッカーから予備の白衣と教科書を出して、机の上に適当に並べておいてくれ。それと、僕と泡の出席確認が来たら、二人ともトイレに行っていると言っといてくれ。」
「わ゛か゛っ゛た゛あ゛」
教室は頼りがいのある大きな声の亀山に任せて、急いでラムネを連れ戻さないといけない。僕は自分の席にカバンを置いて、教室を急いで飛び出した。
しばらく走り続けて、コインランドリーの所に着いた。僕は一旦息を整えて、コインランドリーの扉を開けると、腕を枕に死ながら、机に突っ伏して寝ているラムネがいた。顔はこちら側に向いて見えないが、呼吸に合わせて、背中が膨らんでいる。その膨らんだ背中の上には、変な服のジャケットが掛けられている。
結局起こしてしまうのだが、僕はゆっくりと音を立てないように、扉を閉め、ラムネに近づいた。ラムネの近くにはパソコンとよく分からない数式と英語が書かれた紙が散乱している。僕は床に落ちた紙を拾い上げ、机の上に置いた。
すると、ラムネが寝返りを打って、こちらに顔を向けた。寝返ったラムネの顔はなんだかうれしそうで、起こすことをためらう程だった。そして、ショートカットの髪の毛がかかっていて、唇に何本かくっついていた。僕はその唇にくっついた髪の毛を取ってみた。
すると、その感触が眠っているラムネに伝わったのか、ラムネの閉じた目はうっすらと開き始めたが、一旦、閉じた。しかし、うっすらと開けた視界に僕の顔が映ったことが分かったのだろう。今度は目を大きく見開いて、僕の顔を見つめた。そして、状況を整理するために数秒考えていた。
「一茶!」
ラムネは寝ていた机から飛び上がった。
「おはよう。」
「えっ、あっ、えっ、あっ、……そういうことか。」
「そういうこと、じゃあ、まず……。」
そう言って、僕は自分の口の端を指で叩いた。ラムネはそのジェスチャーの意味を理解したのか、口に手首を押し付けて、よだれを拭き取った。ラムネは顔を赤くして、僕のことをにらんだ。
「今のは見なかったことにするから、頭に電極突っ込みそうな目は止めてよ。」
「忘れなさいよ、絶対に忘れなさい。」
「分かったから、急ごう。今なら一限に間に合うから。」
「わ、分かったわ。でも、制服に着替えるからちょっと後ろ向いてなさい。後ろ見たら……。」
「見ない、見ない。ただ殺されるどころじゃすまなそうだ。」
「そうよ、じわじわと苦しめながら殺してあげる。」
「分かったから早く着替えて。」
僕は扉の方を向いた。ラムネはぱさぱさと服を床に脱ぎ捨てる音を立てて、淡々と着替えていることが分かる。
「なんか懐かしいな、この感じ。」
「懐かしい?」
「昔もラムネは分からないことがあったら、このコインランドリーで徹夜して、寝坊して、それに気が付いた僕が起こしに行く。そして、ラムネは制服に着替えて、その間僕はこのコインランドリーの扉を見つめる。こんな毎日だったなあと思い出して、懐かしいなあと思ってね。」
「確かに懐かしいかもしれないわね。」
「たまに、僕と同じことを考えた冷子が、ラムネが着替えている間に来て、ラムネが着替え中であることを忘れて、冷子に怒り出す。」
「止めてよ、恥ずかしい……。」
「フッ、そうだな。思い出すと恥ずかしいな。僕達三人はこのコインランドリーにいつも集まっていたから、ランドリー連盟だって言って……。」
「そうね。今思うと、子供のままごとみたいなものだったけどね。」
「そうだな。今の僕達から考えるとしょうもないことばっかりしていたな。
……なんだか、その時の感じが今、戻ってきているみたいで、…… まあ、冷子は今、日本にいないからあの時の三人がそろった訳じゃないけど、この感じが楽しいなって思うんだ。」
「……。」
「それに、最近、ラムネが元気になった気がするしね。前まではなんと言うか元気がない感じが僕にはしたんだよねえ……。」
「……終わった。着替え終わったから、早くいくわよ。」
「分かった、じゃあ、行くか。」
そう言って、僕がラムネの方を振り返った瞬間だった。突然、ラムネの後ろに赤い何かの塊が現れた。そして、その赤い塊は紙が散乱する机の上に落ち、塊は崩れてしまった。崩れた塊からは赤い液体が飛び散っていた。
「えっ、なにこれ……、血?」
ラムネは咄嗟に僕の方に近づいていた。僕は赤い塊をよく見てみると、魚や蛙が無残にも切り刻まれた肉片が血の池に浮かんでいた。僕は思わずそのグロテスクな物体の奥に見えるワープ装置の洗濯機を見たが、洗濯機の蓋は開いていて、作動していなかった。