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Give up(諦め)

 数少ない読者へ。


 一か月以上も連載を止めてすみませんでした。とりあえず、連載再開です。なんとか後数話で終わらせる予定です。

 僕はしばらく病室から離れることができなかったが、僕は病室の辛い空気に耐えかねて、そこから抜け出すように、冷子が暗に示しているであろうコインランドリーに向かうことにした。ただ、現実から逃げているような罪悪感とラムネが倒れた記憶が鮮明に残るまま、あのコインランドリーに向かう心の拒絶と板挟みになって、足取りは重かった。


 何もせずに歩いている時間が長くなると、ネガティブな思考が頭の中に生まれてきて、悪い未来ばかり予見してしまう。僕は悲壮感に包まれながら、とぼとぼと道を歩いていった。




 コインランドリーに着くと、ゆっくりと扉を開けた。もちろん中には誰もいなかった。誰もいないコインランドリーは静かだった。静かなのは当たり前のことなのだが、やはり寂しい。なんだか、部屋が広く感じてしまう。


 ……プルルルル


 そんな静寂を打ち破ったのは、携帯の着信音だった。しかし、自分のポケットの中に入れた携帯電話から鳴っているものではなかった。僕は周りを見渡して、着信音がどこから鳴っているのか音を頼りに確かめた。


 すると、並んでいる洗濯機の一つから音が鳴っていることに気が付いた。その音はその洗濯機の裏側から聞こえてきた。どうやらその洗濯機と壁の間の小さな隙間から携帯の着信音が鳴っているようだった。僕は携帯を取り出したかったが、その隙間には自分の手の第二関節に引っ掛かり、手を入れることができなかった。


 僕はうるさい携帯の電子音を聞きながら、隙間から携帯電話を取り出すために、細くて長い棒のようなものはないかと周りを見渡した。しかし、よく見てみると、携帯が隠されている洗濯機の後ろに透明な糸のようなものがつながっていた。


 その透明な糸のようなものは明らかに洗濯機のコードのようなものではなかった。僕はその透明な糸を持ってみると、何か糸の先にぶら下がっているのか少々重みがあった。僕は急いでその糸を手で巻き取ってみた。すると、糸の先にはチャック付きの袋がつながっていた。


 その袋は古くから放置されていたようで、埃まみれだった。僕はその埃を払うと、中に銀色の何かが入っているが分かった。着信音は袋の中から鳴っていたので、中には携帯が入っていることは確実だった。


 僕は袋のチャックを開けて、携帯を取り出した。その携帯はトランシーバーや無線のように受信アンテナ、スピーカー、喋り口、受信ボタンの四つで構成された簡素なものだった。僕はその携帯の受信ボタンを押した。


「……やっと出た。電話は三コール以内で出なさいよね。社会人として常識じゃないかしら。」

 冷子のラムネを煽る嬉しそうな声が聞こえてきた。僕は元気そうな冷子に対してどう声を返そうかと戸惑ってしまい、僕は黙り込んでしまった。


「……もしかして、一茶? 泡じゃないの?」

「……そう。」

 冷子は少し黙り込んだ後、深刻そうに話し始めた。


「……もしかして、泡、発症しちゃったの?」

 僕は冷子の思わぬ言葉に驚いた。


「ごめんなさい。……黙っていて。私は冷子の病気を知っていたわ。」

 僕はその言葉を聞いて、あの日のことを思い出した。


「……もしかしてあの日か?冷子がアメリカに行く前日、ラムネと喧嘩別れをした理由って、このことだったのか?」

「そう言うこと。


 ……あの日、一茶に呼び出されて、私はあの秘密基地みたいに使っていたコインランドリーで待っていたの。約束の時間はとうに過ぎているのに、呼び出された泡もいないし、呼び出した一茶本人もいないしで、そわそわしながら、待ちぼうけていたの。


 そしたら、一茶が来る少し前に、泡が来たの。これ以上ないほど沈んだ表情で、この世の終わりみたいな顔してた。私はいつものようにおちょくるように、その暗い顔のことを話しかけたのだけれど、泡はそれを無視して、淡々と自分の病気について話していったわ。


 泡頭症候群はいつ発症するか分からない時限爆弾の様な病気で、ほぼ確実に死ぬ病気であること。治療法はないこと。そして、この病気をどうにかすることは不可能であること。


 泡は自分自身でいくらかその病気について考えたんでしょうね。その上で、不可能だと言い切ったわ。泡は分かりやすく、様々な方法を説明して、そのどれもが無理であることを朗々と語っていった。私はその説明を淡々とする泡の光のない目を見て、その病気が本当に治らないものなんだと感じたわ。


 それ程、あの時の泡は絶望してた。抗うことのできない運命に。


 だから、泡は私と一緒にアメリカの大学に来ることを止めたの。私は説得した。確かに、その病気のせいで明日死ぬかもしれない。でも、ずっと生きる可能性だってあるでしょう。それなら、私達と何ら変わらないじゃない。だから、そんな絶望しないでって。


 でも、その時の私は少し思いやりが足りなかったわね。反省している。


 ……それで、泡はあなたのいる日本にとどまることにしたの。何故か分かる?」

「……。」

「あなたがいるからよ。」

 僕はその言葉にどきりとした。


「その意味が分かるでしょ。あなたはそのことに気が付かなかった?


 いや、気が付かないふりをしていたんでしょ。」

 僕はまた冷子の言葉に驚かされた。


「あなたは泡の気持ちに気が付かないふりをした。向き合うことを諦めたの。そして、泡もあなたの気持ちに向き合うことを諦めたの。あなた達は諦めてばっかり、そうでしょ。


 あなたは泡の最後に何をしていたの?」

 私は今までの冷子の言葉で一番驚かされた。僕にはその言葉がズシリと心にのしかかった。僕はラムネの最後に何をしていた?


 僕はあれが最後になるなんて思ってなどいなかった。


 いつからか持っていたラムネへの気持ち。本当にいつから感じていたかは分からない。何がきっかけかは分からない。ただ、ラムネへの気持ちは少しずつ変わっていった。僕はその気持ちを確かめることをせず、自分の中に閉じ込めた。


 いつでも確かめられると高を括り、そのまま何気ないラムネとの日常を過ごしていった。そして、いまにいたる。ラムネとの最後には、僕は変わらなかった。また、ラムネとの日常がきっとこの先も続くはずだと思っていた。


 無くなって、初めて気が付く。そんなありふれた言葉を僕は今初めて噛みしめた。そして、僕はそんなことに気が付くと、どうしようもなくなって、目から涙が溢れ出した。


「……でも、もう、どうしようもないじゃないか。もう、ラムネは……。」

「そうやって、また諦めるの?


 ……私はね。あなた達みたいに諦めなかった。」

「それってどういう……。」

「私はね。泡とは才能が劣っているって分かってた。でも、私と泡と違う所があるとするなら、諦めなかったこと。私はこの二年間ずっと、泡の諦めた、不可能だと言い切ったことを諦めなければきっとできるんだって、そんな思いで研究を続けてきたの。


 そして、ついにできたの。泡頭症候群の治療法が。」

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