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Collapse(崩壊)

 朝起きると、僕は少しの後悔が喉元から込み上げてきた。決して、僕の言ったことや僕のした行動に後悔はない。だが、それを理由にラムネを拒絶したことは、心にずっしりとのしかかっている。寝る前も起きた後もそこだけが心残りだ。


 もう少し言い方があったのではないか? もう少しいいやり方があったのではないか?


 そんな考えが昨日の夜から頭の中をぐるぐるしている。コインランドリーを飛び出したあの時、僕は言い過ぎたと、出口のすぐそばで立ち止まった。でも、コインランドリーから聞こえてくるラムネのすすり泣く声が後ろから聞こえてきて、僕はその声を聞いて、その場から逃げ出した。


 その時の感情を今も上手く説明できない。ただ、ラムネのいるコインランドリーに戻ることができなかった。そして、僕は何もしないまま、今に至る。何度もラムネと話し合おうと思ったが、それを行動に移すことができなかった。


 そのことを思うたびに、自分は悪くないという考えが行動の邪魔をした。自分は正しいこと言ったと思っているからこそ、自分の重い腰が上がらない。


 ただ、ラムネとの問題もあるが、冷子の問題も考えるべきだ。冷子は今、C3に狙われている。それも、ターゲットである冷子以外の一般人がたくさんいる空港で、平気で爆弾を起爆させるような連中だ。冷子を殺すこと以外は、何も気にせず行動に移してくるだろう。


 それと携帯電話を簡単に盗聴する技術力も恐ろしい。なんとか冷子と連絡を取ることができれば、何かできるかもしれないが、その連絡手段の全てがC3に盗聴されている可能性が高い。もしかしたら、ワープ装置を使えば、文通することはできるかもしれないが、冷子の場所がつかめない限り、それも駄目だ。


 冷子と情報をかわせないと、こちら側から何もアクションを起こせない。なら、あっちの警察に任せられるかと言うと、それも望みが薄い。なぜなら、あちらの警察はC3の連中の動きを全くつかめていないからだ。


 C3は基本的にアメリカを起点にテロ行為を繰り返している。なのに、C3は何の躊躇もなく、空港を爆破させている。これはC3が警察を恐れていないということだ。あちらの警察が水面下でC3の尻尾を掴んでいる可能性はあるが、そんな可能性に冷子の命を預けることはできない。


 だからと言って、僕に何ができるだろうか?


 やはり、ラムネの言う通り、タイムマシンを作ることが合理的に考えて、最善手なのだろう。でも、今の世界の冷子を犠牲にして、過去を変えた世界の冷子を救うべきなのだろうか? そんな選択をしたくないという僕の感情は間違っているだろうか?


 僕はラムネの様にタイムマシンを作ろうとはどうにも思えない。


 そうこう考えていると、手に持った携帯電話が鳴った。僕はなんとなくラムネだったら、嫌だなと思いながらも、恐る恐る電話に出た。


「もしもし、一茶の坊主か?」

 電話の声はレコ爺だった。


「どうしたの? レコ爺が電話なんて。」

「……いや、実はさっき、君らに頼まれた部品の渡し忘れを届けようと思って、君らがいるであろうあのコインランドリーに向かったんじゃがのう……。


 ……何かあったのかのう?


 コインランドリーに向かったら、元気のないラムネの嬢ちゃんがいてのう。椅子に突っ伏して座っておったよ。寝ているわけじゃなくて、わしがコインランドリーに入ってきたら、こちらを赤い血走った目で、見てきたよ。すぐに向こうへ向いたがのう。


 何かしたのか?」

「……。」

「……何かあったんじゃな。」

「……。」

「……喧嘩をしたら、男から謝った方が良いぞ。長年の経験則から言って、これは絶対じゃ。……この考えを生み出すのに、何度失敗したことか……。もっと早くこのことを分かっておれば、独り身でもなく、レコード売って暮らしておらんかっただろうのう……。


 まあ、そんなことはともかく、早く仲直りするべきじゃ。本当に仲直りは早ければ早いほど良い。考えれば考えるほど、動けなくなるんじゃ。レコードを売っておるどこかの老人みたくみすぼらしい人間になりたくなかったら、今すぐ立ち上がって、ラムネの嬢ちゃんの所に向かうべきじゃ。」

「……でも……。」

「はあ、自分は正しいとでも言いそうじゃな。正しいかどうかは一人で決めることではなかろう。皆で決めることじゃ。相手の意見を聞いて、初めて、自分が正しいと分かるのじゃ。わしは君らが何をめぐって喧嘩をしておるのか分からんから、君らで何が正しいか決めるんじゃ。」

 レコ爺の話は、よく見る一般論だったが、僕の心を動かすのには十分だった。


「……分かったよ、レコ爺。あんたみたいになりたくないから、行ってくるよ。」

「……そうかい。仲間が増えるのは大歓迎だったんじゃが。


 ……後悔せんようにな。」

 レコ爺は冗談っぽくそのように言った。僕はレコ爺との電話を切って、重い腰を持ち上げた。僕は誰にでもいいからこのように背中を押して欲しかっただけだったのかもしれない。




 僕は急いで、コインランドリーの前までやってきた。コインランドリーの扉は閉まっていて、中からは何も音は聞こえない。僕は扉に手をかけたまま、手を止めた。一旦、深呼吸をして、一気に扉を開いた。


 中には、ぼんやりと壁を見つめるラムネがいた。ラムネはなぜか虚ろな目をしている。ラムネはゆっくりとこちらを見つめてきた。髪はぼさぼさとして、口からよだれがだらりと垂れている。明らかにラムネは異様な姿だった。


「おい、ラムネ!どうしたんだ?」

 僕はラムネに近づいて、肩を揺すった。少し揺らしただけなのに、ラムネは首が据わっていないようで、心配になるほど、頭が大きく揺れていた。ラムネはゆっくりと僕の方を見て、口を開いた。


「……あはただへ?」

 あなた誰?と言っているのだろうが、呂律が回っていない。僕はラムネのみに何が起きているのか分からなかった。見渡す限り、何か薬を飲んだわけでもなさそうだ。


 そして、ラムネは急に呼吸が途切れ途切れになって、首を押さえた。そのまま、僕が押さえているラムネの肩から力が抜けていくのが分かった。


 そして、ラムネは血走った眼を開けたまま、後ろに倒れた。僕は急なことに手が動かず、ラムネはコインランドリーの硬い床にばたりと倒れ込み、動かなくなった。

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