Anti-gravity(反重力)
「もう我慢できん。俺、トイレ行ってくる。」
「おう、多分、学校中の男子トイレは埋まっているだろうが、ちゃんと我慢しろよ。俺はもう少し見ていく。」
「なあ、今、世界から食料が消えて、人間を食べるしかないとなったら、誰の何を食べる?」
「あの泡の太ももに決まってんだろ。ブクブクと膨らんでいながら、すっきりと締まっているあの柔らかそうな太ももの肉にかぶりつく。そして、夏の太陽に照らされて、吹き出した汗を舐めずりながら、太ももを口の中に吸い込む。」
「……同感だ。」
「それにしても、どうして泡は下着だけで逆立ちをしながら、校庭を回っているんだ?」
「どうでもいいだろ。重要なのは原因じゃない、結果だ。そうだろう。」
「……ああ、そうだな。俺は胸の膨らみを支えているブラジャーの下部分を見て、俺は幸せ者だと思ったよ。」
「海綿体に血液貯めて、自家発電してんじゃねえぞ。」
私はしょうもない話をしている幸せ者の頬を逆立ちしながら、回し蹴りにした。幸せ者はそのまま地面に倒れこんだ。
「おい、怒らせたら、蹴ってくれるぞ。皆、怒らせろ。」
「太ももデブ!」
「ぼて腹!」
「下着は上下でそろえないんですね。
……トイレ行ってきます。」
私はラムネをかみ砕いた。怒りと羞恥心で、頭に溜まった血が茹で上がりそうなほどだった。
「てめえら全員、実験体にして、切り刻んでやる!」
「やめるんだ、泡ちゃん。一応、あれでも人間なのよ。」
亀山が逆立ちする私の前に立って、私をいさめた。
「ちっ、人間か。」
私はとりあえず足を地面に下した。足の砂を払って、グラウンドの朝礼台に置いておいた靴下と靴を履いた。そして、淡々と制服に着替えて、白衣を着た。白衣のポケットのラムネを取り出して、口に咥えた。
「ところで泡ちゃん、今回の敗因は何でしょうか?綾南の選手たちは最高のプレイをしたのでしょうか?」
「敗因はこの私……じゃなくて、分からない。逆立ちしながら、ずっと考えていたが、全く分からない。
魚や蛙は雲一つなく、飛行機、鳥もいない快晴の空から降ってきた。いや、降ってきたと言うより、突然空中に現れた。オカルト部の連中はともかく、校舎にいた生徒達も見ていたなら、それは私一人の見間違いじゃないはずだ。
誰かが空中から落とした可能性も低い。私たちのいた二階の部屋の少し上らへんから魚や蛙がゆっくりと加速し始めた。あの速度から、屋上から降ってきたのではなく、二階の少し上らへんに突如として現れたんだ。
この事象から一番、ワープ的な何かの可能性が高いが、私がさっき秘密結社の奴を論破した時の理屈からワープは不可能だから、結果と仮説が矛盾する。
だから、分からない。」
「いやー、それにしても、逆立ちも見事でしたが、オカルト部への土下座も見事でした。メスガキ感がプンプン出ていて、芸術点が高かったですねえ~。
この写真、ああ、興奮しちゃうじゃないか。」
亀山は私が下着姿で土下座している写真を私に見せてきた。
「それ、学級新聞に貼り出したら、承知しねえからな。第一、児童ポルノ法違反だしな。」
「大丈夫、これは私が額縁に入れて、部屋に飾っておくから。これだから泡は最高だぜ!」
そう言って亀山は校舎の方に戻っていった。おそらく、今日の出来事を新聞にするのだろう。正直、どれだけ醜態を晒されるよりも、魚や蛙が空中に突然現れた問題の方が優先度が高い。いや、一茶が新聞を見たら……
いや、そんなことは後で考えればいい。亀山の一人や二人位いつでも何とかすることができる。まずは。この問題に集中しよう。
グラウンドには元気のなくなった魚が落ちていて、教師が魚を拾っていた。ってか、魚拾うより下着姿で逆立ちしている生徒を注意しろよ。あいつら、私にちょっと泣かされたからってすねてんのか。心の狭い大人共だ。教育委員会に訴えるぞ。
「おーい、ラムネ~。大発見だー。」
私は聞き慣れた声の方に即座に振り向くと、いつものすすけた灰色の作業着を着た一茶がいた。ラムネと言うのは一茶が勝手に名付けた私のあだ名だ。
「あんたの大発見なんて、黒色のオタマジャクシを育てていたら、緑色の別の生き物になっただとか、白いパンを机の中に放って置いたら、緑色になったとかそんなもんでしょ。そんな幼稚な疑問じゃなくて、私はもっと崇高な疑問を抱いているから、少し待って。」
「それは小学生の時の話だろう。今頃そんなこと思わないって。今回の発見は絶対に驚く。高校生の驚きだよ。」
「高校生の驚きでもまだ幼稚だわ。最低でもコラッツ予想やリーマン予想を証明したとか、どんな病気にでも効く万能薬を見つけたとかでないと今の私を動かすことをできないわ。」
「ハードルが高すぎるよ。せめて、俺の得意分野の機械で勝負させてよ。」
「じゃあ、あんたの得意分野で大発見があったわけ?」
「そうとは少し違うかな。」
「じゃあ、さようなら。」
私は一茶に背を向けて、魚や蛙が落ちている地点に向かった。
「ちょっと待ってよ。」
一茶は私の白衣を掴もうとしたのだろうが、思ったよりも深く手を伸ばしたので、私の後ろの腹を指で撫でるようになってしまった。
「ひゃん!」
私はさっきお腹のことを必要に言われたため、お腹周りが敏感になっていたようで、思わず声が出てしまった。
「あっ、ごめん。」
私が一茶を睨むと、一茶は怒るようなことしたかなあ見たいな無自覚な顔をしている。この顔にはいつも腹が立つ。
「分かったわよ。あんたの大発見を聞いてあげるから、一つだけ質問をさせて?」
「……ど、どうぞ。」
「……私って……てるのかなあ……?」
「えっ、なんて?」
一茶は耳に手を当てながら、聞き直した。私は顔を厚くしながら、もう一度、言い直した。
「私って……太ってるのかなあ?」
「えっ、なんて?」
私は難聴な一茶とこんなことを恥ずかしがっている私自身に恥ずかしくなって、声を張り上げた。
「私って、デブなのか聞いているの!」
思ったより声を出していたようで、魚を回収している教師もこちらを振り返った。私は顔をゆで蛸のように赤くした。
「デブ? そうかなあ、小さい頃からずっと見ているから痩せているとか、太っているとか分かんないなあ。少なくとも、僕はそのままでいいと思うけど……。」
「……そ、そう。」
私はほっとして、胸を撫で下ろした。
「分かったわ。それじゃあ、あなたの大発見とやらを聞かせなさい。」
「ああ、そうだった。……その前にこっちも一つだけ聞いていいか?」
「どうぞ。」
「あの魚たちはニ十分前くらいに、どこからともなく現れたんじゃないか?」
私は驚いて、一茶の顔を見た。一茶は図星なんだなあと私の真理を見透かした顔をしていた。
「その様子じゃあ、俺の大発見はリーマン予想の証明や万能薬の発見より驚く内容になるだろうな。」
「もったいぶらずに聞かせなさい。あんたの大発見って言うのは何なの?」
私は目を輝かせ、一茶の肩に手を当てて、答えをせかすように揺らした。
「単刀直入に言おう。俺はワープ装置を見つけた。」