Wiretapping(盗聴)
「これで良し。」
一茶が機械の蓋のネジをドライバーで締めながら、そう言った。一茶が作ったのは、逆探知装置だ。私が設計したものを一茶に作らせたものだが、私の理論上では地球の裏側でも電波の届くところならば、ある程度の場所を特定することができる。
さらに、ただ場所を逆探知するだけではなく、電話をかけた携帯電話の録音機能を使って、電話相手に気付かれることなく、盗聴することができる。私と一茶の手にかかれば、こんなことはちょちょいのちょいで出来るのだが、この発明は表に出すと、よからぬことに使われてしまいそうなので、公には発表していない。
これで、何を盗聴するかと言うと、もちろん、吋の持っていた携帯電話にある一色と車木の携帯電話である。
「とりあえず、何か情報を得れればいいけど……。」
C3の今後の狙いはもちろんのことだが、C3はタイムマシンを開発しようとしている可能性は高く、何かヒントになるような情報を得られるかもしれない。正直、ワープ装置を使ったタイムマシンの設計は現在行き詰っている。
吋にはもう少しで完成だと評価されたが、そのもう少しが上手くいかない。確かに、私はもう既にワームホールを使ったタイムマシンの設計はできている。しかし、一茶に任せた洗濯槽の高速回転が課題だ。
洗濯槽の回転距離と空間の回転距離は縮尺がかなり小さくなるとしても、音速は優に超える速度を出さなければならないし、それをワームホールができる一瞬で加速させる技術はこの小さな洗濯機の中では限りなく難しい。
それに、仮にそのような急激な加速を可能にしたとしても、それに必要なエネルギーの問題もある。そのとてつもない回転を可能にするためのエネルギーは、どう少なく見積もっても、家庭用コンセントで賄えるものではない。
このエネルギーを生み出すためには、原発から盗んできたありったけの核燃料を惜しみなく使って、ようやく動かせるかもしれないと言った所だ。もちろん、1.21ジゴワットどころのエネルギーでどうにかなるものではない。
そう考えると、このワープ装置は不思議である。ワープにもそれなりのエネルギーを必要とするはずなのに、ワープ装置のどれもコンセントにプラグが刺さっていない。つまり、このワープ装置はこのワープ装置内にあるバッテリーの中のエネルギーで、ワープにかかるエネルギーを賄っているのだ。
私達が何回もワープを行ってもそのエネルギーは無くなっていない。私の計算では、このワープ装置の中に銀河系一個分のエネルギーが入っていないとおかしいという。にわかには信じがたい事実に晒されている。
ともかく、タイムマシン開発は一旦置いておいて、情報収集に時間を当ててみることにした。
私は逆探知装置に吋の携帯をつなぎ、車木の携帯に電話をかけてみることにした。もちろん、電話をかけると言っても、車木の携帯に電波を飛ばすだけで、携帯が鳴ったりするわけではない。しかし、車木の形態の録音機能をハッキングして、車木の携帯が盗聴器に早変わりする。よって、車木たちの会話を簡単に盗聴することができるのだ。
そのついでに、携帯電話に入っている情報を盗む機能もついている。しかし、この機能は盗聴と違って、情報のコピーに時間がかかるので、少なくとも十分はかかるだろう。
ともかく、私は逆探知装置を操作し、吋の携帯電話にある車木に電話をかけた。もちろんコール音は鳴らないため、携帯電話はしばらく静かになった。その後、携帯がつながったのか、布の擦れるような音が鳴った。
おそらく、携帯が鳴っていないので、車木はポケットから携帯を出されていない。なので、ポケットの中で携帯の擦れる音がこの携帯に録音されているのだろう。だから、盗聴は成功しているだろう。しばらく、布の擦れる音が続いたが、その布の擦れる音の奥に、人の声が聞こえてきた。
「本当に氷室はしくじったのか?」
「そうみたいだね。日本のニュースでは、テロ集団のリーダーとして、氷室が逮捕されているし、その氷室が俺達C3の人間であることはばれているね。」
「ただ、ターゲットも殺せない上に、捕まって、俺らの存在までばらしてしまうなんて、本当に氷室のしたことなのか? 第一、氷室に言っていた計画の日時は、昨日じゃなかったはずだっただろう。それに、こっちのターゲットを殺した後に、日本のターゲットを殺す計画だっただろう。なんで、氷室は計画を早めたんだ?」
「いや、氷室はあんな性格だけど、僕たちの指示は忠実に守る人間だよ。」
「なら、なぜ、こんなことになっているんだ?」
「氷室は何者かにやられたんじゃないか?」
「?」
「日本のネットニュースを見る限り、氷室は警察署の前で、倒れている所を逮捕されたと書いてある。それに、倒れた氷室の背中に自分の指名手配書を付けて……、氷室がどれだけ間抜けで、警察署の前で倒れたとしても、自分の背中に自分の指名手配書を付けて置くなんてことあり得ないだろう。
だから、氷室は何者かにやられたんだ。そして、やられた氷室は、勝手にテロリストのリーダーに仕立て上げられたんだ。だって、まず、氷室は一人で、ターゲットを殺すことを拘っていたし、僕達も氷室だけでターゲットを殺すことを指示していた。だから、氷室が人を雇って、テロまがいのことをして、事を大きくすることはありえないよ。」
「だが、氷室がやられたってのか?」
「にわかには信じがたいけど、そう考える他ないようだね。」
「じゃあ、ターゲットに返り討ちにあったとかなのか?」
「例え、ターゲットがスワット顔負けの戦闘力に、完全武装だったとしても、氷室に勝てるかもしれないけど、ターゲットは機械いじりが飛び抜けて上手いだけの平凡な高校生だから、まず、ターゲットに勝ち目はないね。」
「じゃあ、いったい誰が?」
「まあ、それも考えるのもいいけど、一旦目の前の計画に考えを移そうよ。」
「まあ、そうだが、もうそっちはイージーなもんだろう。」
「同じくそう思っていた氷室の暗殺が失敗したんだ。一応、僕達も気を引き締めるべきだよ。」
「とは言っても、ターゲットが飛行機に乗り込んだら、スーツケースに仕込んだ爆弾を爆発させるだけだろう。どう頑張っても、ターゲットは殺せるだろう。爆発を免れても、飛行機が墜落して終わりだろう。」
「まあ、そうだけれども……、まあ、一応、ターゲットの最後の電話でも聞いておきますか。」
その後、パソコンをカタカタと打つ音が聞こえた。
「よし、そろそろ、ターゲットが電話をかけるはずだよ。」
そう、車木の携帯から聞こえてきた声の後、私の携帯電話に電話がかかってきた。
冷子からの電話だった。
私は恐る恐る携帯の電話に出た。
「ハロー、いや、そっちの時間じゃ、グッドイブニングかしら。」
私の携帯から聞こえてくる冷子の声を聞いた後、車木の盗聴している携帯からも声が聞こえてきた。
「ハロー、いや、そっちの時間じゃ、グッドイブニングかしら。」
私の携帯から聞こえてきた冷子の声と同じ声が、車木の盗聴している携帯から遅れて聞こえてきた。それが意味することは、考えずとも分かっていた。
「冷子!今すぐ、スーツケースから離れて!」
「どう言うこと?」
冷子は状況を分かっていないようだった。
「早く!なんでもいいから、今、スーツケースを持っているなら、そのスーツケースから離れて!」
そう言った後、盗聴した音声から私の声が遅れて聞こえてくる。
「なっ、なぜ、スーツケースから離れさせる?
……まさか、俺達の計画がばれているのか?」
「それはヤバいね。計画変更して、今すぐ爆発させよう。」
C3の二人はそう焦っていた。
「冷子、今は何も考えず、私の言うことに従って、早くスーツケースから逃げて!」
「? まあ、分かったわ。」
「走って!」
「今、空港なのよ。」
「早く!」
「もう、分かったわよ!」
冷子は息を切らしながら、走っているようだった。しばらく、冷子の吐息が聞こえていたが、それを切り裂くように、とてつもない爆発音が、携帯電話から聞こえてきた。そして、その爆発音の後に、ものが壊れていく音が聞こえた。その後、人が痛み苦しむ声とそれを目の当たりにした人間の悲鳴が聞こえてきた。
「冷子!大丈夫?冷子!」
私は冷子の安否を急いで確認した。しかし、その電話から返答がないまま、電話は途切れてしまった。