Pinch(絶体絶命)
僕がワープ装置の前で立っていると、コインランドリーの机の上に吋が突然現れた。予想していた通り、吋はワープ装置で、コインランドリーの中に入ってきた。吋は机の上に立つと、辺りを見渡した。そして、見当たす限りでは、僕の姿しか見えないことを確認した。
「へえ、あなた一人ですか。」
吋は折り畳みナイフの刃の腹を指でゆっくりとなでながら、こっちを見てきた。
「いや、その、吋?いや、氷室?……。」
「そうですね。名前を改めておきましょう。俺の名前は氷室ってことにしておきましょう。C3の氷室です。」
「へえ、すんなりと認めるんだね。」
「まあ、もう、隠す必要もないですし。」
吋は話が終わったと思い、ナイフを撫でる指を止めようとしたが、僕は話を何とかつなげる。
「なっ、何が目的なんだ? そのC3とやらの目的は?」
吋は少し笑いながら、ナイフを撫で続けた。
「さあ、表向きは科学者を殺すテロ集団ってことになってます。まあ、半分合ってますが、本当の目的とは少し違う。」
「……。」
「C3の本当の目的は、科学者の利益を独占することです。」
「それはどういう言うことだ?」
「分かっているんでしょう。なぜ、このコインランドリーにワープ装置が置いてあるのか? そして、なぜ、あなたたち二人が偶然そのワープ装置を見つけたのか? なぜ、科学者を殺すだけの集団であるC3がタイムマシン開発を進める科学者を知っていながら、殺さないか?
もう、分かっているでしょう。あなた達にこのワープ装置を使って、タイムマシンを作らせたかったからですよ。
実はね。私達C3はあなた達のような秀でた天才を使って、地震、天候を自由自在に操作する装置や不老手術などいろいろな発明をすでに確立しているのです。もちろんそのワープ装置も私達が科学者に作らせたものを横取ったものです。
そして、あなた達にはそのワープ装置を使って、タイムマシンを開発させたかった。なので、私はあなた達に自然な流れで、タイムマシンを作らせる方法を計画した。その計画はこうです。
このコインランドリーにあなたが一週間に一回は必ず来ることを知っていました。だから、突然置かれた洗濯機に気付くことができる。さらに、その洗濯機からいきなりものが消え、ワープしたことを知れば、必ず越前 泡にそのことを伝える。
そして、そのワープ装置の存在を知った越前泡は、そのワープ装置を応用して、タイムマシンを作り出そうとする。そして、私があなたたち二人を殺して、その開発したタイムマシンを横取りする。と言う計画だったのですが、思いのほか早く、監視役の私の存在がバレてしまった。
まあ、いいんです。あなたたち程には及びませんが、それなりに賢い科学者も、それなりに機械を作れるエンジニアも飼っているので、この出来かけのタイムマシンの設計図さえあれば、何とかなるでしょう。」
吋はそう言って、机にまとめてあるラムネが書いたタイムマシンの設計図を手に持った。そして、ぱらぱらと紙をめくった。
「ほう、もうほとんど書き終えていますね。プレゼントを贈って、焦らせた甲斐がありました。」
「あの魚と蛙の死骸はお前が用意したのか?」
「そうですね。タイムマシンをのんびり作らせてはいけませんから、少し、脅しをかけました。魚や蛙を切り刻むのは大変でした。他にも早くタイムマシンを作らせるために、そのワープ装置に蛙と魚をワープさせたり、ワープ装置の仕組みを分からせるために、ナルトを食べてみたり色々と回りくどいことをしました。」
「はあ、じゃあ、僕たちはあんたの手の中で踊らされていた訳だ。」
「そうですよ。
……あなたの顔は、今は私の手の上で踊らされてなんかいないといった顔ですね。でもね、あなた達はまだ私の手の上で踊っていますよ。
時間稼ぎのつもりですか。残念ですが、根端が見え見えです。こうやって、私と長いこと話すことで、越前泡がワープする時間を稼いでいる。そうでしょう。」
「……!?」
「図星ですか。残念ですけど、その作戦は失敗です。そのくらい、このコインランドリーにワープする前から分かっていました。あなた達が走り逃げようとせず、このコインランドリーでの籠城を選んだ瞬間、ワープ装置を使って何かをしようとすることは分かっていました。
そのワープ装置は普通の人間ならば、一人しか入れない。それに、そのワープ装置を外で操作する人間が一人いる。だから、一人がワープして、一人がこのコインランドリーに居座ると予想しました。コインランドリーにいる人間は私が確実に殺すとして、問題はワープした方をどうするかでした。
……所で、古畑一茶さん。私達は組織の人間なのですよ。他に私の仲間がいることを想像しなかったのですか?」
「!?」
「ハハハ、考えていなかったようですね。それにね。そのワープ装置は高さを決めることができない。そして、ここは山の途中にある。だから、ワープしても大体の所は人間がワープすると転落死してしまう。もちろん、地中に生き埋めにもできない。つまり、そのワープ装置で人間がワープできる場所は限られる。
そのワープ装置の精度から考えて、確実に安全にワープできる場所はこの山の裏か、このコインランドリーのある道のどこか、そして、マンションの屋上。近い所で言うと、そのくらいしか移動できないでしょうね。なので、その三つには、私達の仲間が銃火器を構えて待ち伏せしていますよ。
残念ですね。あなたはこのコインランドリーに残って、しんがりを務め、命懸けで越前泡を逃がす算段でしょうが、ワープした瞬間、越前泡は撃ち殺される。」
僕は急いで、ワープ装置の洗濯機の蓋を開けようとした。
「ダメダメ、ワープ中は洗濯機の蓋は開けることができない。確かめたでしょう、彼女と一緒に。」
僕はそれでも洗濯機の蓋を開けようとする。
「はあ、言っても聞かないようですね。そろそろ嫌でも分かるでしょう。」
僕は洗濯機の時間表示を見た。僕はその時間表示を見て、洗濯機の蓋に拳を振り下ろす。
その後、洗濯機は大きく揺れ始め、中からバチバチと音を立てた。しばらく洗濯機は揺れて、音を立てた後に静まった。
僕は息を荒くしながら、洗濯機の蓋をゆっくりと開け、洗濯機の中を覗き込んだ。
「この時間から考えて、マンションの屋上が正解でしたか。もう既に私達の仲間が五、六人待ち構えていますよ。一番逃げにくい所を選びましたね。あのマンションは屋上への出入り口が一つしかない。袋の中の鼠ですね。
まあ、限りなく可能性は低いと思いますが、逃げ切れることを願っていてください。あの世でね。」
僕は無防備に背中を吋に見せたまま、顔を後ろに向けた。吋が勝ちを確信したような嬉しそうな顔で、ナイフを僕の方へ振り下ろしてきていた。僕は吋が振り下ろしてきているであろうナイフをよけることをしなかった。
バチバチッ
勝ちを確信した吋の顔は、一瞬歪んだ後、首元に当たった電撃によって、倒れてしまった。吋の首元に当たったコードの銅線を持った手は、洗濯機の中から伸びていた。そして、倒れた吋を確認した後、ラムネが洗濯機の中から出てきた。
「言ったでしょ。勝算はあるって。」




