Desperate(命懸け)
銀色のナイフをこちらに見せ、刃先をこちらに見せてきた。
「いきなりだったので、こんなおもちゃのナイフしか持ってないんだが、きちんと切れるので安心してください。」
「へえ、私を殺せると思っているの?」
「さて、どうだろう。」
そう言うと、吋は地面を蹴り、こちらに急接近してきた。私は所詮殺し屋と言ってもたかが知れたものだと思っていた。しかし、吋の動きは段違いで、私は一歩も動くことができずに、心臓のある左胸にナイフを刺されてしまった。私はナイフを刺された衝撃で後ろに倒れこんだ。
「……なんだか、体がいつもより大きいと思っていたら、そういうことだった訳ね。」
「女性に体が大きくなったとか、太ったとかいうものじゃないわよ。」
私は内心ひやひやしながらも、念のため、レコ爺に頼んでおいた鎖帷子を着ておいて良かったと思った。私は吋がひるんでいる隙に、すぐに立ち上がって、吋に背を向け、山を転がるように走り下りた。
私は何とか山を下りて、逃げようとしたが、コインランドリーの前の道に出た所で、振り返ると、すぐ後ろにはナイフを振り上げている吋の姿があった。生涯鬼ごっこで負けたことのない私なのに、こんな命の懸かった鬼ごっこで負けてしまうのか。
私は近づいてくるナイフの鋭い先端を目で追っていた。素早く加速していくナイフは、なぜかゆっくりと見え、死がすぐそばまで近づいて来ていることが分かった。私は死を覚悟することに慣れていたはずだったが、その覚悟は目の前のナイフを前に崩れ去った。
私は近づいてくるナイフに何も考えられずにいた。しかし、その近づくナイフの横から何者かの手が伸びてきた。その伸びてきた手は私とナイフの間に入っていった。そして、そのまま、ナイフはその手の二の腕にぐさりと刺さった。
そのナイフの方向に血飛沫が飛び散った。私はその伸びた手の持ち主を確認しようと、腕が伸びてきた方向に目を向けた。伸びてきた腕の持ち主は一茶だった。一茶は腕を刺されていたそうな顔をしている。
吋はいきなり伸びてきたナイフの握りが緩くなったのか、伸びてきた腕にナイフを残したまま、ナイフを手から放してしまった。一茶は刺された腕で私を抱きかかえながら、吋と距離を取った。私はまだ死の恐怖に茫然としていた。
「あー、出来れば一人ずつ始末したかったのにな。」
「……とりあえず、吋は敵ってことか?」
私は引き寄せられた一茶の腕の中でまだ茫然としていたが、一茶の言葉にはっとして、素早くうなづいた。
「予備のナイフを用意しておいて良かった。」
吋はそう言って、ポケットから同じような折り畳みナイフを取り出し、折り畳まれた刃を出した。私は呼吸を荒くして、一茶の腕に刺さった血がしたたり落ちるナイフを見た。ナイフのきらやかな刃はどろりとした血で染められて、不気味な光沢を出していた。
私はそれを見て、ただ頭の中を恐怖が支配して、逃げなければ死ぬことは分かっているのに、体が動かなかった。そんな私を一茶がナイフの刺さった腕で引き寄せて、優しく抱き寄せた。私は恐怖で支配された体が急に落ち着いてきた。
「落ち着いたか? 僕が守るから。」
私はドクンと心臓が脈打ったのが分かった。一茶は私を抱き締めたまま、何か足を動かしている。そして、足を動かしたかと思うと、地面を蹴り上げた。私は横目でその様子を見ていたが、蹴り上げた地面はほんの少し砂埃を巻き上げた。しかし、目くらましには量が少な過ぎた。
そう思っていると、その砂埃から一茶の靴が吋に向かって、飛び出していった。吋は即座にその靴をよけようと顔を逸らせ、そのまま、こちらに向かって来ようとしてきた。一茶はそれを狙っていたかのように、腕からナイフを抜き、靴をよけた吋に向かって、ナイフを投げた。
一茶が投げたナイフは、吋の腹に向かっていったが、吋はそれもよけた。しかし、吋はナイフよけるために、体をくねらせた。そのため、こちらに向かってくる動きを止めた。一茶はその隙に私の手を取って、背を向けて走り出した。
私は引き寄せられる一茶の手に導かれながら、足を動かした。一茶はただ全力疾走していて、コインランドリーを通り過ぎようとしていた。私もコインランドリーを通り過ぎようとしたが、一茶の手を強く握って、コインランドリーの前で立ち止まった。一茶は何が起こったか分からない顔をしていた。
「コインランドリーの中に入って!」
私はコインランドリーの扉を開いて、一茶に中へ入るように促した。一茶は一瞬戸惑っていたが、即座に中に入った。私もそれに続いて中に入り、扉を閉めた。その後、私は置いてあるつっかえ棒を扉につっかえさせた。
「扉を閉じても、上のガラスを割られちゃう。」
一茶はそう言って、私の行動をいさめた。
「大丈夫。」
私はそう一茶に言った。すると、追いついてきた吋がコインランドリーの扉を開けようとしてきた。しかし、扉はつっかえ棒のせいで開かない。それを悟った吋は窓ガラスを叩いて壊そうとしてきた。しかし、窓ガラスはひびも入らず、割れようとしない。
「えっ……。」
「強化ガラス。覚えてないの。私達が小学生の時、ここに誰も入ってこれない様にしようって言って、この扉のガラスを強化ガラスにしたこと。ちなみに核爆弾が降ってきても、このコインランドリーの中なら助かるわ。」
「……ああ、そうだった。
……でも……。」
「分かっている。これじゃ、吋を止められない。でも、大丈夫。勝算はある。」
私は白衣を脱いで、一茶の血が出ている傷の上にその白衣を強く結びつけ、止血した。そして、余った白衣の布を傷口に当てた。
「押さえていて、応急措置だけど取り合えずはこのままにしておいて。
……ごめん。」
一茶の傷口を押さえながら、私はそう言った。
「ラムネが謝ることじゃないだろう。」
「……でも、私が一茶を巻き込んだから……。」
「そんなことない!僕が望んで、ラムネとタイムマシンを作るって言ったんだ。そして、僕はラムネがタイムマシンを作るまで、守るって言った。だから、僕はその約束を守る。それだけだ。」
私は一茶の言葉に心打たれ、また、心臓がドクンと体を打ち鳴らした。
「……分かった。じゃあ、絶対に吋を倒して、タイムマシンを作り上げましょう。」




