Lollipop(飴川冷子)
それは冷子がアメリカの大学に行く前日の夜、このコインランドリーでの出来事だった。
その時には、冷子とラムネは二人とも同じアメリカの大学に行くことを決めていたはずだった。僕はいつも一緒にいた二人が遠くへ行ってしまうのが、寂しかったが、二人がいる間はその気持ちを心にしまって、何かをしようと思った。
なので、二人をコインランドリーに呼び出して、お別れ会を込めたサプライズパーティーを開こうとした。しかし、僕はパーティーの準備が遅れてしまい、このコインランドリーに着くのが遅れてしまった。二人を待たせる形になってしまった。
僕は準備が終わり、急いで、コインランドリーに向かった。すると、向かう途中で雨が降り出した。その雨は段々と勢いを増していき、傘を持っていなかった僕の体をびしょ濡れにした。しかし、何とかコインランドリーにたどり着いた。
すると、コインランドリーの外まで聞こえるほどの冷子の怒号が聞こえてきた。それはいつものラムネと冷子の言い争いがヒートアップしたようなものではなく、本気で怒っていて、泣いているような嗚咽の入った声だった。
僕は恐る恐るコインランドリーの扉を開いてみた。すると、その瞬間、冷子はラムネの頬を平手で叩いていて、コインランドリー中に平手打ちの乾いた音が響いた。冷子は目に涙を貯めて悔しそうな顔をしている。ラムネは僕がいる方向とは違う方向に顔を向けたので、表情は見えなかった。
僕はその険悪な雰囲気の二人の間に割って入ることはできなかった。今からアメリカの大学に旅立つことを寂しがる様子ではなかった。冷子を怒らせる何かが起こった、そんな当たり前のことしかわからなかった。
「あんた、言ったわよね。科学者は諦めたら駄目だって……、可能性を諦めた科学者は、もう科学者じゃないって……それなのにあんたは……今、あるかもしれない可能性を無理だと諦めてる。
あんたはいつからそんな人間になっちゃったの?
私は……私は……。」
「無理だよ。無理なのよ……。」
「うるさい! 分かったわ、あんたの望み通り、私だけがアメリカの大学が行く。だって、もうあんたは科学者じゃないもの、私と一緒に行く資格がないわ。
……絶対に……絶対に見つけてやる。あんたが諦めた可能性を……どれだけ小さくとも見つけてやる。」
冷子は目に貯めた涙をポロポロとこぼしながら、泣いていた。ラムネは叩かれた頬を手で押さえながら、ゆっくりと冷子の方へ顔を向けた。ラムネの顔は元気がなく、目は曇っていた。僕はそんな二人を心配そうに見つめていると、ラムネは僕のことに気が付いたのか、即座にこちらに顔を向けてきた。
ラムネは僕と目を合わせると、しばらく驚いたような表情をした後、段々と顔を歪ませ、何かに解き放たれたように、声を上げて泣き始めた。そして、顔を両手で押さえて、僕の方へ走り出した。そして、僕の横を通り過ぎて、雨が降っていることも気にせず、走り抜けていった。
僕は何が起きたか分からず、その場に立ち尽くしていた。冷子はそんな僕に気が付いたようで、涙を拭き取って、こちらを見てきた。
「一茶……ごめん。あんたが私達を呼び出した理由は、私達にサプライズするつもりだったんでしょ。残念だけど、私達は分かっていたわ。
……でも、ごめん。駄目になっちゃった。……私も今はそんな気分じゃなくなった……。」
僕は何か言葉をかけようとするが、何も出てこなかった。その間、冷子は近くにあった傘を持って、僕の方に近づいて来て、僕から冷子の顔がちょうど見えないところで、その傘を開いた。
「今あったこと……何も聞かないで欲しい……特に、ラムネには……。
そして、ずっとラムネのそばにいて欲しい。きっと、寂しいだろうから……。」
冷子はそう言って、雨が降る外へ歩いていった。冷子は腕で目の辺りを押さえながら、冷たい雨が落ちる道を歩いていった。
次の日、二人で行くはずだった飛行機には、冷子一人しか乗らなかった。僕は冷子を見送りに空港まで言ったが、その見送りにもラムネが来ることはなかった。冷子は少し寂しそうな笑顔で、僕にさよならと言って、旅立っていった。
そこから、ラムネは結局、アメリカの大学へ行くことはなく、今、近くの公立高校に進学することにしたようだった。僕はそんなラムネに何も聞くことはせず、ただ、僕もその高校に進学することを決めた。
僕は元気そうに電話相手と言い争うラムネの姿を見て、電話相手がラムネだと確信した。ラムネはしばらく、いつものように冷子と話していたが、突然、ラムネは驚いたように、動きを止めて、口に咥えたラムネ菓子をポロリと落としてしまった。
ラムネはそのラムネ菓子を拾い上げると、僕の方チラチラと見て、僕から離れて、小さな声で冷子と話し始めた。僕は一応聞き耳を立ててみるが、ラムネと冷子の話声は聞こえなかった。しばらく、こそこそと話した後、ラムネはこちらに近づいてきた。
「冷子が一茶とも話したいって。
冷子? 今、一茶と変わるから、……はっ、うるさい、そんな訳ないじゃない。何言っているの?」
ラムネは顔を赤くして、怒りだした。ラムネはチラチラとこっちを見て、冷子の声が漏れ聞こえないように、携帯を押さえる。
「うるさい、ロリポップ!」
ロリポップは、ラムネが言っている冷子のあだ名だ。冷子は小学生低学年から身長が止まったままで、大体130cmくらいの身長だ。ラムネはそれといつも棒付き飴を舐めていることを子供っぽいことをロリで、棒付き飴をロリポップとかけて、ロリポップと皮肉ったあだ名を使っている。
ラムネは少し冷子と口喧嘩をした後、ぷんすかと怒ったまま、僕の方に携帯を渡してきた。僕はその形態を受け取って、耳に携帯を当て、もしもしと話しかけた。すると、奥歯に飴をカチャカチャと当てながら、冷子の声が聞こえてきた。
「ハロー、一茶、久しぶり。元気にしてる?」
「そっちは元気そうだな。」
「ええ、生意気なラムネを言い負かしてきたところだしね。」
「言い負かされてない!」
ラムネは地獄耳を発揮して、言い返した。
「なんだか、近くで犬の声が聞こえるわよ。
……たしかこの犬の鳴き声から、犬種は負け犬ね。一茶、噛まれないように離れなさい。」
「うっさい!こっちに帰ってきたら、本当に噛むわよ。ガルルルルッ。」
ラムネは歯を出して、携帯に噛みつきそうな勢いだったので、僕はこれ以上ラムネを怒らせないように、ラムネから離れて、冷子と話をすることにした。
「負け犬からは離れられたかしら?」
「ああ、ラムネからは離れたよ。これ以上冷子とラムネを近づけたら、危険だからな。」
「フッ、そうね。……元気そうで良かった……。」
「それ、ラムネに伝えようか?」
「やめてよ。からかわないで。」
「ごめん、ごめん。」
「でも、本当に元気そうで良かった。やっぱり、一茶がいたからかな?」
「さあ、だといいけど、意外とこっちでのラムネの高校生活はあんな感じで楽しそうにしてるぞ。」
「まあ、そうでしょうね……。
でも、ラムネがああやって、ウキウキで私と口喧嘩するときは、何か新しい発見をしている時よ。あの子は感情が表に出やすいからね。それと一茶が一緒にいるってことは、何か機械的なものを作ろうとしているの?」
「まあ、機械と言われればそうかもしれないな。まあ、あんまり言えないけど、かなりすごい発明品になるかもな。」
「なんでしょうね? タイムマシンとかかしらね? まあ、そんなことはないでしょうけど。」
「……!」
「まあ、日本に帰った時の楽しみにしておくわ。」
「……お、おう、いつ帰ってくるんだ。」
「明後日の便で日本に帰るわ。」
「そうなのか、ちょうど休日だから、空港に迎えに行くよ。」
「じゃあ、詳しくは近づいたら、また連絡するわ。それと、その発明が何かは知らないけど、ラムネを一人にしないで上げてね……、私が来るまでは、ラムネを守ってあげてね。」
「?」
「今は意味が分からないだろうけど、とりあえず、ラムネを一人にしないでね。絶対よ。」
「まあ、分かった。じゃあ、また。」
僕はそう言って、携帯をラムネに返した。ラムネは携帯を受け取り、耳に当てると、すぐにラムネは冷子ともう一度、口喧嘩した。
「まったく、ロリポップめ。」
そう言って、冷子からの電話を切ったラムネは怒りながら呟いた。