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緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~  作者: 朝陽ゆりね
第1章 血の記憶
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 菜緒子がそんな目に遭っていた頃、克弥はダルい体を引きずるようにしてアルバイトに向かった。出かける用意をすっかり終えた伊倉が待っている。


「あれ、もう出かけるんですか?」

「うん。なんだか具合があまりよくなくてね。長くはないだろうから、できる限り傍にいてやりたくて」

「……そうなんですか」


 神妙な顔をする克弥に伊倉は優しげなまなざしで笑った。


「いいんだよ。父だっていい年だし、彼はね、かなり好き勝手暮らしたんだ。僕も人の事を言える立場じゃないが、なにかあると聞いては出かけて行って、その先で遊んだり、店にいる間はのんびり写真集なんか眺めて過ごしたり。自由気ままなもんさ。人生、謳歌したと思ってるよ、きっと。あ、そうそう、忘れるところだった。昨夜、お得意さんからうな重を貰ったんだ。冷蔵庫に入ってるから、温めて食べてよ」


「ホントですか!? ラッキー。ありがとうございます」

「克弥君、なんだかお疲れのようだからねぇ。若いんだから精をつけて頑張らなきゃ。じゃ、行ってくる。後はよろしく頼んだよ」


 伊倉は軽く手をあげて出ていった。


「さて、と。掃除するか」


 掃除をしながら菜緒子のことを考える。今頃、最終面接に臨んでいるはずだ。


(昨日の様子なら大丈夫だ。あれだけ覇気があれば面接官の心を動かすはずだ。絶対!)


 そう思いながらも、反面神頼みの気持ちもある。店の奥に祀られている神棚に向かい、手を合わせた。


(神様、どうか、菜緒子の就活が成功しますように!)


 だが夕方になっても菜緒子からの連絡はなかった。電話はできなくても、メールぐらいあってもよさそうなのに――次第にそんな気持ちが込みあげてくる。同時にそれは悪いほうへと向かっていった。


(連絡できないぐらい悪かったのかな? いや、昨日の元気さで当たれば、絶対うまくいくって)


 自分に言い聞かせるように、何度も何度も「大丈夫」と胸の内で唱えた。しかし、結局この日、菜緒子からの連絡はなかった。


 克弥が心配していた頃、当の菜緒子は救急車で運ばれ、一通りの検査を終えて日が暮れた頃に家に戻ることができた。


 会社のトイレで見た光景と、面接を受けられなかった現実が菜緒子を襲っていた。連日の猛暑による疲労だろうということで特に問題はないとのことだったが、あまりのショックに打ち拉がれていた。


 家に帰るや否や、泣いてしまって手がつけられなかったものの、夜中になってようやく少し落ち着いてきた。


 今は泣きやんでリビングで項垂れている。部屋はエアコンが故障していて、暑くていられなかった。


 そのエアコンの修理は本来なら今日のはずだった。しかしながら会社から連絡を受けた母親がキャンセルをして病院に駆けつけたため、修理は明日に延期となってしまった。


「お母さん、私、今夜はここで寝る」

「氷枕じゃダメ?」

「うん。昨日も暑くて大変だったんだもん。ヘンな夢を見たおかげで、寝たのか寝られなかったのか、よくわからなくて」

「そう? わかったわ。明日、修理に来てくれるから、もう一日だけ我慢してね」

「うん」


 部屋に戻っていく母親を見送り、菜緒子はソファで寝ることにした。


(ついてない! ホント、ついてない! 三十分も早く家を出たのに、慌てて行って、汗だくになって、挙げ句の果てに会社のトイレで卒倒なんて!)


 トイレで見た鏡のことを思い出し、思わずブルリと震えたが、きっと調子を崩して目を回し、おかしな幻影でも見たのだろうと考えた。実際、医者もそう言っていた。


 エアコンの温度を設定し、つけっ放しで三人掛けのソファに横になる。しばし天井を睨んでいたが、やがて眠りに落ちた。


――呪ってやる


(ヤだ、また)


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


(やめて! お願い、もうやめて。お願いだから!)


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる

――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


 菜緒子は夢だと思いながら、夢の中で女を見た。薄汚れた着物は乱れている。結った髪も崩れていて、俯いている顔を隠している。


 その女が、ゆっくりと顔をあげた。


(う、ひぃ!)


 血まみれだった。頭から数多の血を被り、真っ赤だった。虚ろな目、そして唇がゆっくり動く。声が漏れる。菜緒子の耳に轟いた。


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


(ぎゃああぁぁああ――――――!)


 夢の中で叫んだ。喉が痛いぐらい叫んだ。だが絶叫は耳に届かない。夢の中で叫ぶだけだ。


(助けて! 助けてぇぇぇ!)


 叫んでも叫んでも、逃れられない。体が動かない。

 夢だから。


(お願い、助けて! 見ないで!)


 血でずぶ濡れの体。恨めしそうにこちらを見ている。

 その髪、その顎、その袖から、ひたり、ひたりと血が落ちる。


――呪ってやる

――恨んでやる

――祟ってやる


(ひぃぃ)


 血まみれの女。崩れるように座り込んでいる場から、ゆっくりと血の輪が広がっていく。辺りが血の海と化していく。


(いやぁーーーー!)


 広がる血が菜緒子の足に触れると思った瞬間――


「!」


 目が覚めた。

 昨夜と同じように、タオルケットの端を握りしめ、汗まみれになっていた。菜緒子は目だけ動かし、時計を見た。


(四時――)


 次にエアコン。

 羽が上下に動いている。問題なさそうだ。


(また、この夢。あぁ、イヤだ。怖い!)


 それから目が冴えて眠れなくなった。

 血まみれの汚らしい女が、虚ろな目をして呟いている様は恐怖以外の何物でもなかった。


 涙が込みあげてくる。チラチラと情景が蘇り、吐き気まで覚えた。体が震えて止まらない。あまりにリアルすぎる夢に、菜緒子は茫然自失だった。


 しばらくすると母親が起きてきた。ソファに座り、呆けたようにタオルケットを握りしめている姿に目を剥いた。それだけ菜緒子の表情は異様だった。


「菜緒ちゃん! どうしたの!」


 悲鳴にも似た声にハッと我に返る。母親の顔を見つめ、ややあってようやく自分を取り戻した。


「お母さん……」

「大丈夫!?」

「イヤな夢を見たの! それも二日連続。怖い!」


 母親にしがみつき、菜緒子は叫んだ。


「怖いぃ!」


 母親が菜緒子の体を抱きしめつつ、ポンポンと優しく叩いて慰める。しばらくすると菜緒子は手を放した。


「今、お茶を持ってくるわ」


 母親は慌てて台所に走り、冷たいウーロン茶を持ってきた。


「これ、飲んで」

「うん」


 一気に飲み干す。体に水分が入ると急に落ち着きが出てきた。


「あぁ、生き返った。おいしかった」


 母親は菜緒子の背を撫でてくれていた。


「エアコン、つけっ放しだったのに暑かったのかな? 温度が……」


 言いかけてやめた。汗でパジャマが濡れているからかもしれないが、肌寒く感じたからだ。案の定、母親の顔にも否定の表情が浮かんでいる。


「きっと奈緒ちゃん、就職活動で気持ちが追い詰められているのよ。こんな時代なんだから、なかなか決まらないのは仕方がないわ。焦らず、ゆっくり探したらいいから」

「……うん」

「大丈夫。きっとどこか見つかるわ。弱気はいけない。自信のない姿は面接官にも伝わって、マイナスのイメージを与えかねないから」


 菜緒子は顔を曇らせ、俯いた。


「菜緒ちゃん、お母さんは菜緒ちゃんを信じているわ。でもね、自分の人生は、自分で進んでいかないといけないものよ。奈緒ちゃんが自分を信じてあげなくて、誰が信じるの? しっかりしなきゃ。夢ぐらいで落ち込んでどうするの。笑う門には福来たる、よ。暗い顔をしてはいけないわ」


「そうだね」


 菜緒子は頑張って微笑んだ。


「気分転換に散歩に行ってくる。昨日の会社はダメだろうから、次の会社にかけるわ」


 無理に微笑みつつ母親に向けてそう言い、菜緒子は軽くシャワーを浴びると散歩に出かけたのだった。


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