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 辺りはすっかり暗くなっていた。円形の占盤を見ながら紗子は進んでいた。克弥は黙って従うだけだった。


 正直、このまま逃げたかったが、ここで逃げても意味はないと思った。


 根本を祓わないと、また呪われる可能性がある。安心して暮らすためにはここで踏ん張るしかない。


(俺はともかく、菜緒子をこれ以上苦しめたくない!)


 鬼のような形相で怒鳴っていた姿を思い出し、震える。


 素直で優しい菜緒子を二度とあんな顔にはさせたくはないし、なにより菜緒子と別れたくはない。克弥は将来もずっと一緒にいたいと考えていた。


 ふと、紗子が立ち止まった。地図を取り出し、占盤と交互にそれを見る。


 克弥も占盤を覗き込んだ。記号のような文字がギッシリ彫り込まれた中で、赤い点がチカチカと動いていた。


「この赤いのは?」

「さっき飛んでいった式神よ。ようやく止まったわ。居場所に辿りついたのね。さて、ここからはタクシーで行きましょうか」


 紗子がタクシーを拾い、運転手に目的を告げる。紗子は「浅草寺」と言った。


(浅草寺? 浅草に行くの?)


 そんなことを思ったが、なにも言わずに見守る。紗子は鞄から円鏡のついたネックレスを取り出し、鏡の部分に視線を落としていた。それから克弥にネックレスを渡した。


「これは?」

「菜緒子さんの事情よ。大丈夫、怖くないわ。単なる映像だから」


 円鏡を覗き込むと血まみれの女が映っていた。


「う、うわっ」

「あなたが見たのと同じ?」

「――――」


 克弥は生唾を飲み込み、頷いた。


「これで、だいたいの筋がわかったわ。後は確かめるだけね。それ、首にかけておいて。あなたの身を護るわ。あなた達二人は嫉妬されたのよ。さっきも言ったように」


 それきり紗子は口を閉ざしてしまった。


 タクシーは混雑した東京の道路を進み、ようやく浅草は浅草寺、雷門の前で止まった。料金を払っておりると、紗子は寺には目もくれず、身を翻して歩き始めた。


「ちょっと、どこ行くんです? 浅草寺じゃないんですか?」

「違うわ」


 間髪入れない否定に克弥は黙り込み、黙って従った。紗子は相変わらず占盤を見ながら歩いている。


 ずいぶん歩いたと思われた頃、紗子が立ち止まった。あの鳥がアスファルトの上に座り込んでいた。広いパーキングエリアだった。


「どっちかだと思うのだけど」

「どっちかって?」

「死んだ場所か、埋められた場所か。こんな所に遺体は埋まっていないだろうから、きっと死んだ場所だと思うの。ここで息絶えたのよ。呪いながら――気の毒だわ」


 呟くように言い、屈んで鞄からペットボトルを取り出す。

 半分ほどを撒いた。

 さらに一握りの白いものを地に置く。

 克弥はそれが塩だと理解した。


「私の声が聞こえる? もし、まだここにいるなら、応えて頂戴。長い時、苦しんだことはよくわかっているわ。あなたの話を聞くから出てきてくれない?」


 そう言うと、克弥を見あげた。


「手を合わせもらえないかしら?」

「あ、はい!」


 慌てて屈み、手を合わせる。


「彼も会いに来たわ。あなたの血に見込まれた子よ。わかるでしょ? あなたに謝るために、あなたの恋人の代わりに手を合わせているのよ」


 ゆっくりとアスファルトから赤黒い煙が立ち昇り始めた。


 克弥はギョッとして逃げ出したい衝動に駆られたが、我慢して目を閉じ、必死に「成仏してくれ」と祈った。


「私は鹿江田紗子、除霊師よ。あなたの無念を晴らしてあげるから、なにがあったか話して頂戴」


 赤黒い煙はゆっくりと旋回し、やがて人型を形成した。乱れた髪、薄汚れた着物、その身は泥と血に汚れていた。


 克弥は震えながら女を見た。


 夢と寸分違わぬ容姿に腰が抜けそうになったが、ふと彼女のまなざしに言い知れぬ哀愁を感じた。


 紗子が立ち上がり、相対する。


「あなた、名前は?」

『応える義理はないね。除霊師だって? ふん。そんなもの、あたしには関係ないよ。祓えるものなら祓ってみなよ』


 女は侮蔑の色を顔に浮かべて紗子を見下げた。


 二人はしばし睨み合うように互いを見合った。が、女がフンと顔を背けて克弥を睨むと、一言『恨んでやる』と呟いて消えた。


「鹿江田先生」


 恐怖に震える克弥とは異なり、紗子はムッとしたように顔をしかめている。


「やっぱり、恨まれているんですか? 俺……俺が」

「そうよ」

「…………」

「八つ当たりだけどね。遺体を探して、それを供養するしかないわ」

「えっ!」


 克弥が飛びあがってなにか言おうとした時、二人に歩み寄って声をかける者がいた。振り返って見てみると、そこにいたのは小柄な老人だった。


「なにか?」


 老人は紗子の足元を見ていた。濡れているアスファルトに、白い塩が盛られている。それを凝視した後、紗子に顔を向けた。


「そっち世界のお方とお見受けするのですが」

「えぇ」


「儂はこの先の寺で、長いこと住職をしておりました。今は息子に継がせて、心の赴くまま手を合わせる身です。ここに塩を盛るということは、ここに建っていた屋敷でなにがあったのか知っているということでしょうか?」


 丁寧で上品な口調と物腰に克弥は謂われなくホッと小さく安堵の吐息をついた。対して紗子は「いいえ」と短く否定する。


「導かれただけです。彼を助けるために」


 二人の視線が克弥に向けられる。当の克弥はまたしても焦って目をキョロキョロと動かした。


「今も申しあげたように儂は住職だったが、そっちの力はありません。ですが存在はよう知っています。知らずに来たのなら、ますます腕のいい神職なのだろうとお察しします」

「あなたはここでなにが起こったのか、ご存知なのですか?」


 老人はコクリと頷いた。


「詳細というほどではないですが、この土地主は檀家でしてね。祖父が日記をつけていて、あらましのことは知っています。もちろん、祖父は外から見たことを書いているだけですので、真実とは言い難いでしょうが」


「教えていただけますか?」


「もちろんです。ここのことはずっと気になっていましたからね。ここではなんですから、儂の家へいらっしゃい。ここの土地主は、この土地があまりに縁起が悪いと憤っているから、なにかあったらすぐに噛みついてくる。長くボヤボヤして、土地主に見つかっては厄介ですから。さぁ」


 二人は老人に従い、その後について行った。




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