第2話
愛梨に告白しようと思う。
思い立ったが吉日。
何事も早い方がいい。
俺の覚悟が鈍らないうちに、済ませてしまおう。
そう思ったが、葉月に止められてしまった。
「ムードを考えてください」
とのことだった。
葉月曰く、「女の子にとって好きな男の子に告白されるのは一生のうち五本の指に入るくらい大事なイベントなので、ちゃんと思い出に残る物にしてあげてください」とのことだ。
確かにシチュエーションは大事だ。
しかしそんな凝った演出は、俺にはできない。
だが、凝った演出にする必要はないそうだ。
いい感じの日取りに、いい感じのデートをして、いい感じの場所で、プレゼントと一緒に言葉を伝えれば良いとのことだ。
「後は愛梨さんの頭の中で、勝手にロマンティックに変換されますよ」
と、葉月の談である。
幸いなことに、あと数週間でホワイトデーがある。
日取りは悪くない。
後はデートと、場所と、プレゼントだ。
「愛梨。ホワイトデーだけど、予定ある?」
「え……!?」
早朝。
俺は早速、愛梨に尋ねた。
「ないけど……それが?」
「デートに行かないか?」
「で、デート!?」
俺の言葉に愛梨は目を見開いた。
何だ、そのリアクションは。
「そんなに驚くことか?」
「い、いや……一颯君の方から、そんなこと、言い出すなんて。……珍しいなって」
……ふむ。
確かに俺はイベントごとには疎く、いつも愛梨に付き合う形で参加していた。
「たまにはいいだろ?」
「……そうね。それで、どこに行くか、決まってるの?」
「いや、まだだ。愛梨は行きたい場所、ある?」
俺が下手にロマンティックな場所を選ぶより、愛梨が行きたい場所の方が、上手く行くだろう。
「うん、そうねぇ……」
「特にないなら、俺が決めるけど」
俺も誘った以上、候補は見繕っている。
「じゃあ、一颯君、決めて」
「分かった。じゃあ……」
デート場所について告げようとした時。
愛梨の人差し指が、俺の唇を塞いだ。
「当日まで、秘密にして」
「……あまりハードル、上げないでくれよ」
「大丈夫。一颯君にそこまで期待、してないから」
……それはそれでちょっと複雑なんだが。
そしてホワイトデー、当日。
俺は愛梨と家の前で待ち合わせた。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
俺たちは駅で電車に乗った。
目的地は……。
「ふーん、水族館ね。一颯君にしては、上出来ね」
愛梨は偉そうに言った。
口調の割には表情が綻んでいる。
正解だったようだ。
「……何、ニヤニヤしてるの? 気持ち悪い」
愛梨の顔を見ていたら、気付かれてしまった。
は? お前の顔なんて、見てないし。
と、いつもなら返すところだが、今日はそういう日じゃない。
「見惚れてたんだ」
「……熱でもあるの?」
愛梨は呆れ顔を浮かべた。
……慣れないことはするもんじゃない。
「……冗談だ。行くぞ!」
「あ、うん」
俺は愛梨の手を握り、水族館に入館した。
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第31話
最近、一颯君とギクシャクしている。
避けられているわけじゃない。
いつも一緒にいる。
でも、会話が続かない。
嫌われちゃったかもしれない。
さすがに一緒にお風呂に入るのは、どうかしていた。
はしたない女の子だと、思われちゃったかもしれない。
ドン引きされちゃったかもしれない。
どうしよう。
謝るのも、変だし。
陽菜ちゃんには……相談しにくいし。
そう思い悩んでいたが、急に一颯君がデートに誘ってくれた。
嫌いな女の子を、デートには誘わないだろう。
杞憂だったようだ。
もしかしたら、ただ照れていただけかもしれない。
私のことが好きすぎで、話し辛かったのかも。
……見惚れてた、か。
ちょっと、顔がニヤケそう。
もっとも、そんな安直な言葉で照れるほど、安っぽい女だと思われるのは嫌だし、努めて平静を装うけど。
「ペンギン、可愛いね」
「そうだな」
……期待よりも、一颯君の相槌には、心が籠っていなかった。
男の子だし、あまり興味ないのかも。
一颯君、恐竜とかの方が好きだったし。
「そう言えば、お前、ペンギン飼いたいって駄々こねたこと、あったよな」
「……え? あぁ、うん。よく覚えてるわね」
唐突に黒歴史を掘り返された。
ここではないが、家族と、そして一颯君と一緒に水族館に行った時、私は「ペンギンが欲しい」と駄々を捏ねた。
水槽の前で泣き喚いたのを覚えている。
代わりに人形を買ってもらったけど、不満たらたらだったっけ……。
「イルカも飼いたがったな」
「……変な事ばっかり、思い出さないでよ」
あぁ……そうか。
私がペンギンとイルカが好きって、覚えてたから。
水族館にしたんだ。
ふーん。
一颯君にしては、気が利くじゃない。
「イルカショーは一時間後だから」
「そ、そう」
いつになく、用意周到だ。
何か、悔しい。
「一颯君は、見たいのないの?」
「え?」
イルカも、ペンギンも。
私が好きな動物だ。
一颯君が好きな動物じゃない。
水族館に誘ったのは一颯君だし、見たい動物くらいあるだろう。
……なーんてね。
ないだろうけど。
私を喜ばせるために、水族館を選んだんだろうし。
さて、どう答えるだろうか?
誤魔化すのかな?
それとも、私のために水族館を選んだって、白状するのかな?
「とっておきがある」
しかし一颯君の回答は、私が期待していたものと違った。
自信あり気な表情だ。
見たい物……というよりは、見せたい物。
私と一緒に見たい物という雰囲気だけど。
「ふーん。……聞いて良い?」
アザラシとか?
確かにペンギン、イルカの次に好きだけど。
あ、もしかして、サメとか?
サメなら、一颯君も好きそう。
「クラゲ」
「……クラゲ?」
斜め上の回答が来た。
地味過ぎでしょ。
ウニとかナマコの方が、まだ面白いと思う。
食べられるし。
「じゃあ、イルカの前に見ようかしら」
「……今日の最後にしようと思ってたんだけどな」
どんだけクラゲに自信があるんだか。
理解できない。
結論から言うと、カラーライトに照らされたクラゲは、想像の百倍綺麗だった。
ちょっと、侮ってた。
不覚にも、ときめいてしまった。
悔しい……。
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