第5話
放課後。
俺たちは家の前で、一度別れを告げた。
俺は冷蔵庫に行き、愛梨用のチョコレートを取り出す。
玄関に行くと、すでに愛梨はチョコレートを手に持ち、立っていた。
「随分、早いな」
俺は走って来たわけではなかったが、のんびりと歩いていたわけではない。
しかし愛梨の方が来るのが早かった。
「あぁ、うん……えっと、先に準備してたから」
愛梨は肩で息をしながらそう言った。
どうやら走って来たようだ。
そんなに急がなくてもいいのに。
「じゃあ、愛梨。これ」
俺はチョコレートの入った紙袋を、愛梨に差し出した。
照れくさかったので、できるだけ自然な声音を意識したが、逆にぶっきらぼうな感じになってしまった……。
「う、うん。ありがと」
幸いにも愛梨は特に気にした様子はなく、チョコレートを受け取ってくれた。
そして今度は愛梨自身が持って来たチョコレートを、俺に差し出した。
「はい、これ。……チョコレート」
愛梨もまた、ぶっきらぼうな口調でそう言った。
早く受け取れと言わんばかりに手を突き出し、そして俺からは顔を背けている。
その横顔は赤く染まっていた。
照れているのは、彼女も同じようだ。
「ありがとう」
俺は苦笑しながらも、愛梨からチョコレートを受け取った。
お互い、これで用事は済んだが……。
しかしチョコレートを交換して、はい、さようならというのはあまりに味気ない。
せっかくお菓子もあることだし、珈琲でも淹れるか。
「愛梨、せっかくだし……」
「あ、あのさ!」
俺の声を掻き消すように、愛梨は声を上げた。
俺は押し黙り、愛梨の続きの言葉を待つ。
「え、えっと、その……」
「な、なんだよ」
愛梨の雰囲気が、普段と違った。
頬を赤らめ、目を泳がせ、艶やかな唇を何度か開いたり、閉じたりする。
いつもより、色っぽく見えた。
「チョコレート、だけど」
心臓がドキっと高鳴る。
今日はヴァレンタインだ。
全く意識していなかったかと言えば、嘘になる。
愛梨の雰囲気が昼から違うことにも、気付いていた。
まさか……。
「気持ち、込めたから」
「き、気持ち……?」
聞かずとも、察することはできた。
それでもなお、確かめたかった。
「どんな、気持ちだよ」
「そ、それは……」
愛梨は目を伏せた。
それから俺を睨みつけた。
「食べれば、分かるんじゃない? 自分で考えて!」
愛梨は怒鳴りつけるようにそう言うと、ドアを開け、走り去ってしまった。
引き留める間もなかった。
俺は呆然と、その場に立ち尽くした。
しばらくして、我に返った俺は自分の頬に手を当てた。
燃えるように、熱くなっていた。
チョコレートは甘かった。
「やっちゃった……」
私――神代愛梨は、顔を手で覆い隠しながら呟いた。
顔が燃えるように熱い。
「あ、あのくらいじゃ……告白のうちに、入らないわよね? うん、入らないわ。だって、好きって言ってないもの」
私は自分自身に言い聞かせるように、何度も呟いた。
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