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第7話

 灯りを消してからしばらく。


「ねぇ、一颯君」

「……何だよ」


 暗闇の中から聞こえる声に俺は答えた。

 その声音は寂しそうにも聞こえた。


「遠くない?」

「いや、それは……」


 確かに俺は愛梨から距離を取り、背中を向けて寝ていた。

 一緒に寝ようと誘ったのは愛梨だから、近づいても怒られないことは分かっている。

 近づいたところで、ちゃんと気を付けていれば間違いが起こることがないことも分かっている。

 ただ、何となく、照れくさかった。


「近づいてくれないと、添い寝の意味、ないじゃん。せめて、こっち見てよ」

「……そうだな」


 俺は寝返りを打ち、愛梨の方へと顔を向けた。

 まだ灯りに目が慣れていないため、何も見えない。

 しかしふんわりと香るシャンプーの匂いから、愛梨がとても近くにいることが分かった。


「もっと、そっちに言って良い?」


 そんな声が聞こえた。

 そして答えるよりも先に、暖かい体温と柔らかい感触が伝わって来た。

 甘い香りが強まる。


「お、おい! まだいいって……」

「何? 照れてるの?」


 クスっと笑うような声が聞こえた。

 俺は思わず口を閉じる。


 照れているわけではない。

 ……と主張すると、本当に照れているように聞こえてしまう。


「いや、その、未婚の男女が同じベッドというのは……」


 口籠りながら俺が常識論を説くと、愛梨の笑い声が暗闇に響いた。


「今更?」

「うっ……」


 確かに今更な話だ。


「幼馴染なんだし、別にいいでしょ」


 愛梨の吐息が唇を擽った。

 背筋がゾクゾクする。


「そう、だな」


 俺は身動ぎしながら、愛梨との距離を少し詰める。

 愛梨も体を動かし、距離を詰めて来た。

 体と体がピッタリと、重なり合う。


 互いの体温でじんわりと体が暖かくなる。


「一颯君」


 薄暗い闇のなか。

 妖精のように可憐な容姿の幼馴染が微笑んだのが見えた。


「おやすみ」


 こつん、と愛梨は俺の額に自分の額を合わせて来た。

 

「おやすみ」


 囁くようにそう伝え、目を瞑った。






「愛梨! ただいま!! ……起きてる? 愛梨!?」

「うん……」


 そんな声が聞こえてきて、俺は目を覚ました。

 俺の名前は愛梨ちゃんではないのだが……。


「んっ……」


 隣で呻くような声が聞こえた。

 声のする方を見ると、そこには金髪の可愛らしい女の子がいた。


「ふぁぁ……おはよう、一颯君……」

「あぁ、おはよう。愛梨」


 もぞもぞとベッドから起き上がり、眠そうに目を擦っている。

 普段は綺麗に整えられている髪が、あちらこちらに跳ねていた。


 珍しい光景だ。


 どうして愛梨が俺のベッドに……と一瞬混乱してから、すぐに思い出す。


 ここは愛梨の家、愛梨の部屋だ。

 なるほど、ということはこの声は愛梨の母親の声か。


 朝になって帰って来たのだろう。

 そして愛梨がまだ起きていないことに気付き、部屋の前まで来たわけだ。


 ……うん?

 

 俺と愛梨は揃って目を見開き、部屋のドアの方へ顔を向けた。


「愛梨? 開けるわよ!」

「だ、ダメ!!」


 愛梨が叫ぶ。

 が、しかしすでに愛梨の母が、ドアを開けた後だった。


「……一颯君?」

「あ、あの、こ、これは……」

「お、おはよう、ございます」


 もう誤魔化せないと思った俺は、愛梨の母親に何食わぬ顔で、頭を下げた。

 愛梨の母も、神妙な顔で頭を下げる。


「う、うん……おはよう。一颯君。えっと……」


 愛梨の母は目を泳がせた。

 さすがに、怒られるか。

 俺が身構えていると、愛梨の母は笑顔を浮かべた。


「昨晩はお楽しみだったみたいね!」


 そう言ってドアを閉めた。

 それと同時に愛梨がベッドから駆け出した。


「ま、待って! ママ、違うの! そういうのじゃなくて……」

「大丈夫、大丈夫。分かってるから」

「絶対、分かってないでしょ! その顔!!」


 愛梨と愛梨の母が、ドアの前で喧嘩を始めた。

 き、気まずいなぁ……。


「えっと……その、俺、帰りますね」

「待って」


 その場から逃げようとするが、その前に愛梨に襟首を掴まれてしまう。

 

「一颯君も説明して!」


 このまま逃げるのは……不誠実に見えて、印象も悪いか。

 俺は愛梨の母に向き直った。


「あぁ……うん、その……ですね。我々は決して不健全なことをしていたわけではなく、その、……愛梨に一緒に寝て欲しいと言われたので、添い寝をしていただけです」

「ちょっと、その言い方! まるで私から言ったみたいじゃない!」

「いや、言い出したのはお前だろ。泊っていけって言ったのもお前だし」

「そ、そう……だけど、そうじゃないでしょ! 一颯君も寝たいって、言ったじゃん!」

「寝たいとは言ってないだろ!」

「言いました!」

「言ってない」

「言ったもん!」

「言ってねぇ!」

「ところで一颯君。せっかくだし、朝ごはん、食べる?」


俺と愛梨が言い争いをしていると、愛梨の母が横から口を挟んできた。

せっかくの申し出だが、今はそれどころじゃない。


「「今は黙ってて!(ください!)」」


 俺と愛梨は揃って声を張り上げた。



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書籍版第一巻、4/15GA文庫様より発売予定です
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