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第1話

「~~♪ ~~♬ ~~♫」


 とあるカラオケ店にて、金髪碧眼の女の子はマイクを片手に歌っていた。

 曲は今、流行のラブソングだ。


 音楽の素養があるからか、素人であることを加味すれば相当上手だ。


 しかしその表情は決して楽し気であるとは言えない。

 むしろ苦悶に歪んでおり、何かを耐えているようにも見えた。


「意外と頑張るじゃないか」


 そんな少女の足元では、一人の少年がとても意地悪そうな表情を浮かべている。

 一方で少女は少年に気を配ることなく、画面を見ながら歌を歌い続けている。

 否、必死に気を逸らそうとしている。


「ここからが本番な」

「っぁ……ん、~♪」


 少年の言葉と共に、少女の体が一瞬だけビクっと跳ねた。

 少年が指を動かすたびに、少女の唇から甘い吐息が漏れ、歌声が乱れる。


「おいおい、さっきから音程が外れてばっかだぞ。大丈夫か?」

「う、うるさい……!」


 間奏に入ったこともあり、少女は少年を睨みつけた。

 しかしその顔は真っ赤に赤らんでおり、瞳は僅かに潤んでいる。

 まるで迫力がなかった。


「後で覚えてぁン……ちょ、ちょっと……い、今は……」


 少女は最後まで言葉を言えなかった。

 少年が指を動かしたからだ。


「間奏中は休憩なんてルールはないぞ。ほら、もう始まるぞ」

「うぅ……~♪ んっ♪ ぁ……っン、ぁ♪」


 曲が終盤に近づくにつれ、歌声に混ざる喘ぎ声の割合が増えていく。


「だ、だめっ……こ、降参ンン、する、からぁ……」


 そしてついに心が折れてしまったのか。

 少女は泣きそうな声で少年に許しを乞う。

 しかし……


「ダメだ。続けろ」

「ゆ、許して……ぁ、んぁ……も、もう、だ、ダメになっちゃう、から……~ん♪」 

 

 マイクで拡声された喘ぎ声だけが、部屋に響く。





 時は少し遡る。


「終わったぁ!!」


 金髪碧眼の美少女、神代愛梨は大きく伸びをしながらそう言った。

 今、愛梨はとても気分が良かった。


「……何回も言わなくていいだろ」


 隣を歩く愛梨の幼馴染、風見一颯が空気の読めないことを言う。

 しかしそんなことが気にならないくらい、愛梨は気分が良かった。


「だって、終わったんだよ? 試験が!!」


 今日は久しぶりの校外模試の日だった。

 この日のために愛梨はずっと勉強を頑張ってきたのだ。


 しかし一颯は何かを言いたそうな表情を浮かべている。

 付き合いの長い愛梨なら、言われなくとも分かる。


 まだ受験は終わってないけど。


 などと、言いたいのだろう。

 言いたいのに言わないのは、気分の良い思いをしている人に水を差すべきではないと思っているからだろう。


 しかし言わなくとも、その表情で伝わってくる。

 顔がロジハラだ。


「とりあえず、出来は良かったのか?」

「まあね!」

「そうか。なら帰ったら答え合わせを……」

「イヤっ!」


 愛梨は即答した。

 今更答え合わせをしようと、回答の内容は変わらない。

  

 隣を歩く秀才の幼馴染と答え合わせをすれば、せっかくの良い気分に瑕疵が付くのは目に見えている。


 愛梨はできるだけ長い間、良い気分でいたかった。


「明日、遊びに行かない?」


 先んじて愛梨は一颯にそう提案した。

 明日は日曜日だ。

 せっかく試験が終わったことなので、打ち上げも兼ねて、二人で遊びに行きたかった。


「明日? まあ、いいけど」

「じゃあ、決まりね。駅で待ち合わせということで」


 愛梨がそういうと一颯は怪訝そうな顔をした。


「……家の前でいいだろ」


 愛梨と一颯の家は隣同士だ。

 何なら、部屋も窓を隔てて隣同士だ。


 駅で待ち合わせをする必要は全くない。

 二人で駅に行けばいいだけだ。


「それじゃあ、雰囲気出ないでしょ?」

「何の雰囲気だよ」

「デート」


 愛梨の返答に一颯は目を丸くした。

 そして恥ずかしそうに顔を背けた。


「デートって……恋人同士じゃないんだし……」


 一颯の言葉に愛梨は自分の顔が熱くなるのを感じた。

 なぜ、そんな言葉を選んでしまったのか。

 自分でも分からなかった。


「……言葉の定義の問題は、どうだっていいでしょ?」


 愛梨は恥ずかしさを誤魔化すために、強い口調でそう言い返した。

 それからあえて小さく鼻で笑ってみせた。


「それとも気になっちゃうのかしら?」

「別にそんなことはないが……」


 愛梨の言葉に過剰反応するのもおかしいと思ったらしい。

 一颯は不服そうな表情を浮かべながらも、首を左右に振った。


「でも、意味がないような……」

「ダメな理由もないでしょ?」


 愛梨がそう言うと一颯は肩を竦めた。


「分かったよ。待ち合わせしよう」

「じゃあ、明日の朝、十時に集合ね。……一颯君は一本、早めに来てね?」

「俺が待つのかよ」


 愛梨の要求に一颯は不満そうな顔でそう言った。

 せめて言い出しっぺが早く行けよと言いたいのだろう。


「別にいいじゃない。それとも……」


 陽菜ちゃんは待てても、私は待てない?

 愛梨はそう言いかけた自分に気付き、慌てて口を噤んだ。


 自分でもなぜ、葉月陽菜の名前を出そうとしたのか分からなかった。


「まあ、いいけどさ。お前の気紛れは今に始まったことじゃないし……」


 幸いなことに一颯は愛梨が言いかけたことを追及してこなかった。


「一颯君、やさしい!」

「くっつくな!」


 話題を逸らすために愛梨が一颯に抱き着くと、一颯は鬱陶しそうな表情を浮かべた。

 しかし無理に振り払うことだけはしなかった。







 愛梨はどうしてか、とても安心した気持ちになった。

 


陽菜ちゃんに対抗する愛梨ちゃん可愛い、面白い、続きが楽しみ、と思っていただけたらブックマーク登録・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)をしていただけると幸いです。

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書籍版第一巻、4/15GA文庫様より発売予定です
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