第5話
「……そんな恰好で、何してるんだ?」
「え、あ、い、いや……」
一颯の問いに愛梨と思しき不審者は明後日の方向を向いた。
それから人違いですと言わんばかりに、知らん顔で鼻歌を歌い出す。
「風見さん。人違いらしいです。続きをしましょう?」
「え? あぁ……続き?」
「ダメ!!」
葉月の言葉に愛梨はハッとした表情を浮かべると、慌てた様子で二人の間に割り込んできた。
両手を広げ、強引に一颯と葉月を引きはがす。
「えーっと……」
愛梨は何に慌てているのだろうか?
と、愛梨の言動の意図が分からない一颯は、首を傾げながら愛梨に尋ねようとしたが……
「何がどう、ダメなんですか?」
一颯よりも先に葉月がニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう尋ねた。
葉月の問いに愛梨はハッとした表情を浮かべた。
「い、いや、別にダメとかじゃ……」
「ダメじゃないなら、いいですか?」
「だ、ダメ! ダメ!!」
「何がですか?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる葉月。
慌てふためく愛梨。
そんな二人とは対照的に会話の流れが理解できない一颯。
「え、えっと……そ、その……な、何と言うか……」
「何ですか?」
「べ、別に私は……そ、その、い、一颯君と葉月ちゃんが、だ、誰とその、そういうことをしてもいいというか、私が口を出すことじゃないけど……その……」
「なら、良くないですか?」
「だ、ダメ! ダメなの!」
「どっちですか? ダメなんですか? いいんですか? ダメならどうしてダメなんですか?」
葉月の問いに愛梨は目を泳がせる。
愛梨自身も、どうして“ダメ”なのかが理解できていない様子だった。
「そ、それは……そ、その……ほ、ほら、と、友達同士が……そ、その、そういうことをしているのは、気まずいというか……その……」
「ふーん……」
「こ、これでいいでしょ! も、文句ある!?」
訝しそうな目で愛梨を見る葉月。
一方で愛梨は声を荒げ、逆切れするように叫んだ。
「いえ、まあ……今回はそれでいいにしましょう」
「え、い、いいの……?」
葉月の答えに愛梨は驚いた表情を浮かべた。
愛梨自身も、自分の主張が無茶苦茶だと思っていたからだろう。
「ええ。私が風見さんにするのが嫌なら、愛梨さんがすればいいことですし?」
「ふぇっ?」
「ほら、してあげてください」
葉月はそう言うと呆気に取られた様子の愛梨の後ろに回り込み……
その肩を押し、一颯に向き直させた。
「え、え? ……え!?」
「ほら、ほら……風見さん、待ってますよ?」
「ま、待って……! い、意味が分からないというか、な、何で私が……」
「……じゃあ、私がしていいんですか?」
「そ、それは……」
ぐいぐいと葉月に背中を押された愛梨は、顔を真っ赤にしながら一颯の顔を見上げた。
そして不安そうな表情で一颯に何かを訴える。
「愛梨さんがしないなら、私が……」
「わ、分かったわよ……!」
愛梨は覚悟を決めた様子で頷き、一颯の両腕を掴んだ。
そしてつま先立ちをして、ゆっくりと一颯の顔に自分の顔を近づけ……
「待て、待て、待て!!」
一颯は慌てて愛梨の肩に手を置き、強引にこれを抑えつけた。
「な、なに!? わ、私じゃダメ……? そ、そんなに陽菜ちゃんがいいの!?」
「い、意味が分からん! ……何の話だ? これから何をするんだ!?」
困惑する一颯に対し、愛梨は恥ずかしそうに目を伏せた。
「そ、それは……き、き、キ……」
「風見さんの頭に枯れ葉が付いていましたので。取ろうかと」
「え? ……あ、本当だ」
葉月の指摘に一颯は自分の髪に手をやり……
付着していた枯れ葉を取り除いた。
「ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
「……え?」
一颯と葉月のやり取りに愛梨は呆気に取られたような表情を浮かべた。
ポカンと口を開ける。
「……枯れ葉?」
「はい。枯れ葉です」
「え、えっと……」
「何だと思っていたんですか?」
ニヤニヤと葉月は笑みを浮かべながら愛梨にそう尋ねた。
葉月の問いに愛梨は目を大きく見開いた。
「か、枯れ葉よ! か、枯れ葉に決まってるじゃない!! そ、それ以外に何があるの!?」
「いえいえ、その通りだと思います。それ以外に何も……あるはずありませんよね?」
葉月の言葉に愛梨は悔しそうに地団駄を踏んだ。
……一人、置いてけぼりになった一颯は愛梨に尋ねる。
「何を勘違いしたんだ?」
「え? べ、別に……な、何も勘違いなんか、してないわ!」
愛梨はそう言いながら必至に目を泳がせた。
一颯は首を傾げながら……尚も尋ねる。
「そうか? ……じゃあ、さっきの質問に戻るんだが。そんな恰好で何をしているんだ?」
「え? こ、これは……その、べ、別にいいでしょ! わ、私がどんなファッションをしてたって!」
「それはそうだが……」
一颯は思わず苦笑した。
「えーっと、付けてきてたのか?」
「え? ま、まさか……」
「怒らないから」
「……」
一颯の言葉に愛梨は決まりの悪そうな表情を浮かべた。
「そ、その……き、気になって……」
「……気になった?」
「え、えっと……い、一颯君がどんな女の子とデートするのかなって……そ、その、まさか陽菜ちゃんと、一颯君が、そ、そういう関係だったとは、思わなかったけど……」
「……」
デート。
そういう関係。
愛梨の言葉に一颯はなるほどと内心で納得した。
どうやら愛梨は盛大な勘違いをしているらしい。
「そ、その、さっきはいろいろ言ったけど、わ、私は、その、べ、別に気にしたりしないというか、その……お、応援、してるか……私のことは、気にしなくていいから……で、でも、その、た、たまには、ちょっとくらいは、私とも今まで通り、遊んで……」
「別に葉月は俺の恋人でも、何でもないぞ」
顔を俯かせ、しょんぼりとしている愛梨に一颯はそう言った。
すると愛梨はハッとした表情で顔を上げた。
「え? ち、違うの……?」
「そもそもどうしてそうなるんだ」
「だって……一緒にデートしてるし……」
「友達の買い物するのは、そんなにおかしいか?」
「お、おかしくは……ないけど……でも……」
一颯の回答に愛梨は不満そうな、疑いの表情を浮かべた。
「私に……隠したじゃん。それに……付いてくるなって。……ただの買い物なら、どうして内緒にしたの?」
「あー、それはだな……」
愛梨の問いに一颯は頬を掻いた。
それから少しだけ考え込んだ様子を見せ……
「……もう少し、タイミングを考えたかったんだけどな」
紙袋から、リボンと飾り紙で包装された小箱を取り出した。
それを愛梨にそのまま突き出す。
「……えっと、こ、これは……?」
仄かに上気した表情で愛梨は一颯を見上げた。
ここに来て、愛梨は一颯がこそこそとしていた理由にようやく合点がついたのだ。
「……プレゼント。クリスマスには早いかもだが。……ハロウィンのお詫びということで」
「あ、ありがとう……」
愛梨は一颯から箱を両手で受け取り、ギュッと自分の胸に押し付けるように抱きしめた。
「……開けていい?」
そして上目遣いで一颯にそう尋ねた。
一颯が頷くと、愛梨は嬉々とした表情でリボンを解き、丁寧に包装紙を開いた。
箱の中に入っていたのは……
「……リップクリーム?」
ピンク色の綺麗なリップクリームだった。
「ああ、冬は乾燥するから。ブランドは……よくわからないけど、悪くない物だと思う。葉月にも見てもらった。……気にいったら、使ってくれ」
気に入らなかったら、こっそり捨ててくれていい。
一颯は顔を逸らし、ぶっきらぼうにそう言った。
そしてこっそりと視線を下に向け、愛梨の顔色を伺う。
「あ、ありがとう……! 大切に使うね!」
愛梨は満面の笑みを一颯に向けた。
気に入ってくれたようだ。
一颯はホッと胸を撫で下ろす。
「ひゅー、熱々ですねぇ」
「「……!!」」
と、そこで今まで黙っていた葉月が茶々を入れた。
一颯は気まずそうに、愛梨は恥ずかしそうに顔を伏せた。
葉月はそんな愛梨に近づき……
そっと耳元で何かを囁く。
「――――?」
「――――!」
「―――……――――?」
「――!」
愛梨は顔を真っ赤にしながら、一颯の方を見た。
そして戸惑った表情で一颯に尋ねる。
「……そうなの?」
「えっと……何が?」
「そ、その、えっと、だから、このリップクリームの……意味というか……」
「……意味?」
「な、何でもない!!」
一颯が聞き返すと、愛梨はこれ以上は聞けないと言えないばかりに首を大きく左右に振った。
一颯は少しだけ気になったが、無理に聞き出す必要もないと考え……
葉月に向き直った。
「えっと……あらためて、今日はありがとう。……引き留めて悪いな」
「いえいえ、私も……愛梨さんを揶揄えて楽しかったですから」
葉月はニヤっと笑みを浮かべ、愛梨の方を見た。
愛梨はプイっと顔を背けた。
「じゃあ、また学校で」
「はい。お二人とも、さようなら……末永くお幸せに」
「ふんっ!」
こうして一颯と愛梨は葉月と別れ……
それから一颯は愛梨と向き直る。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
「うん」
「昼はお前の家で勉強するか」
「え、いや、それは……」
こうして二人は仲良く帰路についたのだった。
リップクリームって……
もうそういう意味じゃん(深読み)
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