第1話
ある休日の午後。
とある駅の改札口の近くに一人の少年がいた。
少年は時折、携帯を見たり、しまったりを繰り返して……時間を確認している。
誰か、人を待っているように見えた。
何度目かに少年が携帯を取り出すと……
携帯が強く震え始めた。
少し慌てた様子で少年は携帯を自分の耳に当てる。
そして言葉を交わしながら……
周囲を見渡した。
すると……
一人の茶髪の女の子――少年と同様に携帯を耳元に当てている――が、大きく手を振りながら少年の方へと近寄ってきた。
セミロングの少しおっとりとした雰囲気を感じさせる、可愛らしい女の子だ。
二人は幾度か会話を交わすと……
楽しそうに笑った。
それから二人は並んで歩き始め、駅を出たところで、少女は少し体を震わせた。
すると少年は足を止め、自分が首元に巻いているマフラーを指さした。
少女は慌てた様子で首を左右に振るが……
少年は苦笑しながらマフラーを外し、少女の首に掛けた。
マフラーの貸し借りをする、微笑ましいカップル。
そんな光景を……
「……」
少し離れたところから、帽子にサングラスを掛け、マスクをした少女が見つめていた。
じっと、見ていた。
時は少しだけ遡る。
「いーぶーきくん! あそびましょ!」
その日も愛梨は勉強導具を持って――最近は試験対策のためにしっかりと勉強をしているのだ――、一颯の家を訪れていた。
インターフォンを鳴らし、いつものように一颯を呼び出す。
しばらくすると扉が開き……
「あぁ……悪い」
申し訳なさそうな表情の一颯が出てきた。
どういうわけか、一颯は秋物のコートをしっかりと着込んでおり……今にも出かけようという風貌だった。
愛梨は首を傾げる。
「あれ? ……もしかして、用事ある?」
「うん、まあ……その、すまん」
「あぁ、いいの、いいの。アポなしで来たのはこっちだし」
基本的に一颯も愛梨も、特に事前連絡なしにお互いの家を行き来している。
家が隣同士なこともあり、その方が手っ取り早いのだ。
そのためそれぞれ外せない用事があり、一緒に過ごせない……ということもたまにある。
「何しに行くの? 歯医者とか?」
何気ない調子で愛梨は一颯にそう尋ねた。
遊びに行ったり、ちょっとした買い物くらいなら、いつも一颯は愛梨を誘ってくれる。
それがないということは歯医者など、一颯の極めて個人的な――つまり愛梨を伴っても仕方がないような――用事なのだろう。
と、そんな辺りを付けての質問だ。
しかし……
「あぁ……い、いや……別に大した用事じゃない」
どういうわけか、一颯は曖昧にぼかすばかりで答えてくれなかった。
普段の一颯なら、気軽に答えてくれる。
そして愛梨と一緒に行きたくないのであれば、そう言ってくれる。
にも関わらず誤魔化したのは……
どうしても愛梨に隠したいからに他ならない。
……そして秘密は暴きたくなるのが人の性だ。
「えぇー、何々? 気になるなぁ……教えてよ」
「……別に面白いようなところでもないから」
「別についていったりはしないから。聞くだけならいいでしょ?」
「……しつこいぞ」
一颯は酷く嫌そうな表情で愛梨にそう言った。
そんな一颯に愛梨は臆することなく、逆にニヤっとした表情を浮かべる。
「へぇー、つまり私には言えないような場所に行くんだぁ! ……えっちな場所?」
性的な本やビデオなどを借りに行くのだろうか?
それともそういう映画を見に行くのだろうか?
それともメイド喫茶のような場所にいくつもりなのだろうか?
と、そんな意図で愛梨は一颯にそう尋ねた。
「……違う」
「へぇ……じゃあどこ?」
「……」
一颯は渋々という表情で……最寄り駅から電車で十五分程度したところにある、ショッピングモールの場所を口にした。
「ふーん。……で、そこで何を買うの?」
「……それは行ってから決める」
愛梨の問いに一颯はぶっきらぼうに答えてから……
強引に愛梨を押しのけるようにして、家の外に出た。
「もう、いいだろ。俺は行くから」
「ええ、いいじゃない。別にお店は逃げたりはしないでしょ?」
「電車は逃げるだろ」
一颯の返答に愛梨は首を傾げながら尋ねる。
「ふーん……誰かと待ち合わせでもしてるの? ……もしかして、女の子とデート?」
それは愛梨にとっては、ちょっとした揶揄いの言葉だった。
一颯に恋人など、いるはずないからだ。
待ち合わせをするような相手がいたとしても、それは恋人ではない。
葉月や葛原など……共通の友人であるはずだ。
だから隠すはずない。
ただ、予定していた電車の時刻に遅れたくないだけだろう。
そう思っていた愛梨だったが……
「べ、別に……お、お前には関係ないだろ!」
一颯は大きな声でそう怒鳴った。
思わず愛梨はビクっと体を震わせた。
そんな愛梨の表情に一颯は少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべたが……
しかしすぐに踵を返してしまう。
「……もう、行くから」
一颯はそう言うと早歩きで立ち去ってしまった。
愛梨は呆然とした表情で一颯の背中を見送り……
一分後。
「ふ、ふーん。お、女の子と……デート、なんだ」
ようやく我に返った。
それから一颯の家から背を向けて、自分の家に向かって歩き出す。
「ま、まあ……一颯君が誰と会おうと、私には関係ないし?」
そして数歩歩き、自分の家のドアの前で止まる。
「……ようやく、一颯君にも春が来たって感じかな? 幼馴染として……お祝いしてあげないとね!」
ドアを開き、自分の家に入る。
そしてドアに凭れ掛かった。
「き、気にはなるけど……」
靴を脱ぎ、自分の家に上がる。
そして階段を上り、自分の部屋まで歩いていく。
「し、しかし、一颯君がデートするような女の子かぁ……どんな人だろ? 正直、一颯君なんかとデートするなんて、あり得ないけど。……もしかして騙されてたり?」
愛梨はそう言いながら……自室のドアを閉めた。
「……もし、騙されてたら、助けてあげないとダメだよね」
それからクローゼットを開けて、帽子とサングラス、マスクを取り出した。
「私が……お姉ちゃんとして、見守ってあげないと」
帽子を深々と被り、サングラスを掛けた。
そしてマスクをして……姿見の前で大きく頷いた。
「よし!」
愛梨は大きな声でそう言うと、家を飛び出した。
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