第5話
「は、はぁ……? 何を馬鹿なことを……」
呆れた声を上げながらも……
一颯は愛梨の提案に思わず動揺してしまった。
汗に濡れる白い背中を脳裏に浮かべてしまったからだ。
「ふーん……やっぱり、できないんだ?」
一方、愛梨は得意気な表情を浮かべた。
一颯が動揺したことを感じ取ることができたからだ。
ちゃんと“自分と同じように”、一颯が愛梨のことを女の子として意識していることがはっきりした。
愛梨はそこで満足した。
満足しておけば良かった物を……
「幼馴染が、友達が、困ってるのに。ちょっと、背中を拭くくらいもできないんだ。あぁ、大丈夫。気に病まなくてもいいわ。思春期真っ盛りの一颯君には……ちょっと刺激が強すぎちゃうものね?」
ニヤニヤと笑みを浮かべて一颯を煽った。
すると一颯の額に青筋が浮かぶ。
ここまで馬鹿にされ、挑発され、黙って逃げ出せるほど一颯は冷静な男ではない。
「……いいよ、分かった」
「……え?」
「だから、拭いてやるよ」
一颯はそう言うと愛梨ににじり寄った。
愛梨は思わず後退りする。
今度は愛梨が動揺する番だ。
一颯が乗ってくるとは思ってもいなかったからだ。
「い、いや……別に、無理しなくてもいいから」
汗に濡れた素肌を自分から晒すのは、さすがの愛梨にも抵抗感があった。
さらにそれを拭いてもらうとなると尚更だ。
考えるだけでも恥ずかしい。
しかし……
「別に無理でも何でもない。ただ、拭くだけの話だろ? それとも……何だ? 気にしているのか? 俺は全く気にならないが……ふふっ……」
一颯は笑みを浮かべて愛梨を嘲笑った。
やはり上っ面だけの挑発だったのだと。
勝利を確信した。
だが一颯の小馬鹿にしたような笑みを見た愛梨は、逆に覚悟を固めた。
「……まさか。じゃあ、拭いて貰おうかな」
愛梨はそう言いながら一颯に背中を向けた。
そして僅かに振り返り、赤らんだ顔で笑みを浮かべながら言った。
「ほら、早くしてよ」
「あ、あぁ……もちろん」
拭いてやる。
と言ってしまった以上、一颯も今更後に引くことはできない。
(別にただ拭くだけだ。……大したことじゃない)
そう頭の中で念じながら愛梨に近づいていく。
そして愛梨からタオルを受け取る。
目の前には寝間着に隠れた愛梨の華奢な背中があった。
やはり愛梨も汗をたくさん掻いたのか、生地の色が変わる程度に汗で濡れている。
この下に白い素肌が隠れているのだと考えるだけで、一颯の体は熱くなった。
一方の愛梨は……
(し、下着のこと、忘れてた……)
寝間着の裾を掴みながら、硬直していた。
衣服を捲る直前に気が付いたのだ。
背中を見せるだけでなく、下着……ブラジャーも見られてしまうことに。
愛梨としては背中を見られるよりも、下着を見られる方がどちらかと言えば恥ずかしかった。
しかしここまで来て、やっぱ無しでと言い出すことはできない。
死なばもろとも、毒を食らわば皿までの気持ちで愛梨は一颯を急かした。
「ほ、ほら、早く拭いてよ……何をグズグズしてるの?」
「い、いや……それはこっちの台詞だ。捲ってくれないと拭けないだろ?」
「自分じゃ首元まで捲れないじゃない。そ、それとも……ぬ、脱いだほうがやりやすい? それなら脱ぐけど……!?」
やけくそな気持ちで愛梨はそう言いながら、ボタンに指をかけた。
半裸になることも愛梨は覚悟した。
しかし幸いにもボタンを全て外す前に一颯がそれを静止した。
「そ、そこまでしなくていい! ただ、拭くだけだしな」
「そ、そう……? じゃあ、早くしてよね」
愛梨はそう言うと正面を向いた。
一颯もまた覚悟を決める。
「……じゃあ、するぞ」
「……うん」
一颯は愛梨の寝間着を掴み、ゆっくりとたくし上げた。
すると少しずつ汗に濡れ、真珠のように光る愛梨の肌が姿を現していく。
(た、ただの背中だ。確かに綺麗だけど、それだけだ。気にすることじゃ……)
肩甲骨のところで一颯の手が止まった。
一颯の視線がある一点で止まる。
それは白い一本の布生地だった。
中心部に金属製の金具が取り付けられている。
ブラジャーのホックだ。
存在は知っていたが、間近で見るのは初めてだった。
「早く脱がしてよ」
一方の愛梨は一颯の手が止まったことで、ついに下着を見られたことに気付いた。
頭が沸騰しそうになるほどの恥ずかしさが込み上げてくる。
しかしそんな気持ちを押し殺し、愛梨は一颯に止めの一撃を与える。
「ごめん。……童貞には、外し方、分からないか」
最大限、馬鹿にしたような表情を浮かべながら……
愛梨は一颯にそう言った。
言ってやった。
勝った! 第八章、完!!
「は、はぁ……!? な、何を……は、外す必要はないだろ?」
一颯は愛梨の想像通りの反応をした。
露骨に声が震えている。
否、声だけではない。
その手が……愛梨の寝間着を掴んでいる手が、プルプルと震えていることが分かった。
「外した方がやりやすいかなと。うん、でも、大丈夫。一颯君、外せないものね。仕方がないわ。……別に気にする必要はないわよ? 誰だって最初はそうだもの。もっとも、一颯君の人生にはもしかしたら……永遠に必要のない技術かもしれないけどね?」
気が付くと恥ずかしさは引いていた。
むしろ誇らしい、得意気な気持ちになっていた。
幼馴染をやり込んでやったのだと。
しかし……
「あ、あぁ!? いいよ、分かったよ。外してやるよ!」
ムキになったのか、一颯は怒鳴り声を上げた。
そして一颯の手が背中に、そしてブラジャーに触れる。
(……っ!?)
ドクっと、愛梨の心臓が跳ねた。
それでも愛梨はまだ余裕だった。
一颯が外せるはずないと、外し方が分かるはずないと、きっと手間取るはずだと。
そう確信していたからだ。
だから一颯が手間取ったその時、また煽ってやろうと。
そう、冷静に考えていた。
だからこそ……
「……え?」
するすると……
下着が抜き取られたその時。
愛梨の頭は真っ白になった。
いつから一颯君がイメトレしてないと錯覚していた?
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