第4話
「あ、暑い……」
息苦しく感じるほどの外気音。
じめじめとした湿度。
拭えど拭えど汗は吹き出し……
喉はカラカラに乾く。
「なぜ、俺はこんなところに……」
風見一颯はサウナの中にいた。
理由は……よくわからない。
しかし今、一颯がとてつもない暑さを感じ、そして汗に塗れていることだけは間違いなかった。
「ほら、頑張れ! 頑張れ! い・ぶ・き・君!!」
そしてサウナに耐える一颯の隣には、何故か女の子が座っていた。
バスタオルに一枚だけ身を包んだ美しい金髪少女……愛梨だ。
彼女はガッシリと、一颯の右腕に抱き着いていた。
「は、離れてくれないか?」
その余りにも“目に毒”な光景に一颯は思わず視線を逸らす。
しかし愛梨はそんな一颯に対し、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「あれぇー、どうしたの? 一颯君」
愛梨が増々、一颯との距離を縮め、身体と身体を密着させた。
愛梨の柔らかな肢体と、その体温が身体に伝わってきた。
「お、おい……離れろ!」
「幼馴染に抱きしめられて……もしかして、動揺しちゃうの?」
「あ、暑いんだよ! 早く、離れろ! そもそもお前、風邪を引いているはずじゃ……」
どうしてサウナにいるんだ!
と、一颯は怒鳴り……そして気付く。
自分も風邪を引いているはずだ。
そして愛梨の部屋で寝泊まりすることになったはず。
サウナにいるのはおかしい。
では、なぜ一颯と愛梨はサウナに?
「……そうか、夢か」
「あ、あっつい……」
夢から醒めた一颯はゆっくりと瞼を開いた。
目に映るのはサウナではない、見知った愛梨の部屋の天井。
しかしとんでもない暑さと、自分が汗に塗れていることは夢の中も同じ。
そして……
「んっ……一颯君……」
一颯の身体をガッシリとホールドする幼馴染もまた、夢の中と同じ。
柔らかい肢体の感触も同じだ。
「おい、愛梨! 起きろ……!」
「だ、だから……ダメだって……そ、そんな、ところ……」
「何がダメなんだ」
一颯は愛梨の身体を強引に引き剥がそうとする。
すると愛梨はますます両手に力を入れ、まるでコアラのように一颯に抱き着きながらも……
「うぅ……んっ……」
ぼんやりと薄目を明けた。
目と目が合う。
するとその青い目が大きく見開かれた。
「い、一颯君……!? ちょ、な、なんで私のベッドに……」
「それはこっちの台詞だ」
一颯が呆れた表情でそう言うと、愛梨はガバっと起き上がった。
そして辺りを見渡し……
「あ、あぁ……そ、そう言えば……」
納得の表情を浮かべた。
どうして一颯が愛梨の部屋にいるのか、そして愛梨が一颯と同じ布団の中にいるのか、思い出したのだ。
「……どうして俺の布団の中に入ってたんだ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら一颯は愛梨に尋ねた。
もっとも、一颯はおおよその検討は付けていた。
(どうせ、寂しくなったんだろう?)
気の強さと相反して、愛梨のメンタルが弱々なのは一颯も当然知っている。
辛い風邪症状の中、寂しくなって一颯の温もりを求めてきた……と、そんなことだろうと一颯は考えていた。
「そ、それは……さ、寒かったからで、別に……そ、それにしても、暑いわね」
愛梨は一颯から目を逸らしながら、誤魔化すようにパジャマの襟元を掴み、ばたつかせた。
そして結果的に愛梨のその行為は、一颯の追及を躱すことに貢献した。
僅かにできた隙間から除く白い清楚な下着を目にし、一颯も慌てて視線を逸らしたからだ。
(……全く、こいつは、本当に無防備なんだから)
一颯は内心でため息をついた。
「それはこっちの台詞だ。お前のせいで汗まみれだ」
特に愛梨が抱き着いていた、身体の右半身は汗でびしょびしょに濡れていた。
肌に貼りついたシャツを軽く引っ張る。
ふんわりと自分の体臭に混じり……愛梨の“匂い”がした。
女の子と汗とシャンプーの香りが混じった、ちょっぴり甘酸っぱい香りだ。
「そ、そうね……お互い、汗が……酷いわね」
愛梨もまた自分の胸元の臭いを嗅ぎ、赤面していた。
あちらはあちらで、一颯の汗が染み付いているのだろう。
「……」
「……」
何となく気まずい空気になった。
淀んだ部屋の空気が悪いと感じた一颯は立ち上がり、窓を指さした。
「……窓、開けて良いか?」
「う、うん……」
愛梨の許可を取り、一颯は窓を開けた。
冷たい空気が部屋の中を満ち、火照った体を心地よく冷やしてくれた。
「……汗、拭かない? 風邪引くと困るし」
「そうだな」
愛梨の提案に一颯は頷いた。
今は心地よさを感じる程度だが、濡れた体をそのままにするのは良くない。
……決してお互いの身体に染み付いた“匂い”が気になって仕方がないわけではない。
とりあえず、汗を拭こう。
そうと決まれば話は早い。
二人はタオルを水で濡らし、電子レンジを使って軽く温めた。
そして部屋まで持って行き、それを使って汗を拭っていく。
拭うたびに身体に染み付いた“愛梨の匂い”が薄まる……
ことはなかった。
すでに衣服の方にも染み付いてしまっているからだ。
(同じ汗なのにどうしてこんなに違うんだろうか……)
香水か? シャンプーか?
それともフェロモン的な何かなのだろうか?
一颯はそんなことを考えながら愛梨の方を見た。
愛梨もまた、一颯と同様に汗を拭いていた。
パジャマのボタンを少し外し、服を僅かに捲り上げ、タオルを衣服と身体の隙間に捻じ込んでいる。
愛梨が手を動かすたびに、汗に濡れて僅かに紅潮した白い素肌がチラチラと目に映る。
緩んだ胸元から見える下着の色は清楚な白だ。
「……ん?」
(ま、まずい……!)
まじまじと眺めていると、愛梨と目が合ってしまった。
一颯は慌てて目を逸らしたが……しかしもう遅い。
気が付くと愛梨が一颯の側にまでにじり寄っていた。
「ねぇ……一颯君。何を見てたの?」
「……別に?」
「別にということはないでしょ? ほら、こっち見てよ」
ニマニマと愛梨は機嫌良さそうに笑みを浮かべ、一颯の身体を揺する。
当然、一颯は愛梨の方を向くことはできない。
「やっぱり、私のこと、意識しちゃった? まあ、無理もないよね。私、こんなに可愛いし、美人だし。こんな美人が汗拭いてたら、思わず見ちゃうよね。大丈夫、一颯君。私は別に気にしたりしないから」
「……別に意識してない」
「じゃあ、何を凝視してたの? ほら、答えて見なよ」
「別に凝視してない! とっとと、汗を拭いて寝ろよ」
一颯は強い声で怒鳴った。
すると愛梨はビクっと身体を震わせた。
強く言い過ぎたかと、少し一颯は後悔したが……
「ふーん……そういう態度、取るんだ」
怯えた表情を見せたのは一瞬だけ。
そしてニヤっといつもの挑発的な笑みを見せた。
「そうだ、一颯君。頼みたいこと、あるんだけど」
「……頼みたいこと?」
愛梨を少し怯えさせてしまったことに罪悪感を覚えた一颯は、愛梨の言葉に応えてしまう。
そんな一颯に愛梨はにんまりと笑みを浮かべ……
自分の背中を指さした。
「背中、自分じゃ拭けないから。拭いてくれない……?」
「……え?」
「意識してないなら、これくらい、できるわよね?」
いつもの生意気な態度で愛梨は一颯にそう言った。
これが一颯君の匂い……