第1話
ある日の夕暮れ時。
とある一軒家の小さな部屋、その中に二人の男女がいた。
一人は端整な顔立ちをした、黒髪で長身の青年。
そしてもう一人は妖精のような可憐な顔立ちの、金髪碧眼の少女。
二人は共にベッドの上で座っており……
また少女は青年に背を向けていた。
二人とも緊張からか、表情が僅かに強張っている。
「……じゃあ、するぞ」
「……うん」
青年の呼びかけに少女は応じた。
青年は頷くと、少女の衣服を掴み、ゆっくりとたくし上げた。
白磁のように白く滑らかな背中が露わになっていくが……
背中の中ほど、肩甲骨が見えるか見えないかの辺りで青年の手が止まった。
青年の視線の先にはブラジャーのホックと思しきものがあった。
「早く脱がしてよ」
少女は恥ずかしそうに肩を震わせながら、そう言った。
それから青年の方を振り返り……
真っ赤な顔で、しかし小馬鹿にしたように口角を上げ……
「ごめん。……童貞には、外し方、分からないか」
挑発するようにそう言った。
時は半日ほど遡り……
早朝。
「はぁ……また、あいつの夢か」
黒髪の青年はベッドから起き上がると、額に手を当てながらそう呟いた。
そして無意識に指で自分の唇に触れる。
柔らかな唇の感触。
夢の中で感じたそれは、妙にリアルに一颯の唇に残っているように感じられた。
……実体験に基づく夢だからだろう。
「……パンツ、変えるか」
一颯はベッドから立ち上がり、歩こうとして……
「……あれ?」
僅かに体がグラつくのを感じた。
妙に覚束ない足。
全身の倦怠感。
ゾっとするような寒気。
喉の違和感。
試しに体温を測ると……三十七度五分。
「風邪か……」
一颯は何とも言えな気持ちで肩を落とした。
風邪を引いたことは一颯にとっては決して悪いことではない。
なぜなら、罪悪感なしに学校を休めるからだ。
ちょっとラッキーとも言えるかもしれない。
しかし困ったこともある。
「父さんと母さん、いないんだよな……」
今日は一颯の両親の結婚記念日だった。
そのため二人で旅行に行っている。
要するに風邪が悪化した際、看病してくれる人がいない。
これは一颯にとっては少しだけ……心細い話だった。
「……愛梨に伝えておくか」
一颯は携帯を手に取った。
もちろん、幼馴染に看病してもらおうということではない。
一緒に登校できないことと、ついでに学校に着いたら風邪で休む旨を伝えてもらえないかと頼むためだ。
……もっとも、悪化した時に愛梨に頼ろうという気持ちが全くないわけではなかった。
「あー、もしもし……愛梨?」
『……一颯君? どうしたの?』
すぐに電話に出てきた幼馴染の声は……どういうわけか、僅かに枯れていた。
朝だからだろうか? と一颯は内心で首を傾げながらも、そうそうに本題に移る。
「風邪を引いたから、今日は休もうと思う」
『えっ……一颯君も?』
「……愛梨も?」
『うん。私も風邪……げほっ』
愛梨は携帯の向こう側で少し苦しそうに咳き込んだ。
どうやら二人揃って風邪を引いてしまったらしい。
それに気付いた一颯の脳裏に、二日ほど前の出来事が駆け巡った。
雨の中。
ずぶ濡れ。
深夜の公園。
……そして接吻。
もはや原因はそれしかなかった。
『一颯君、一人だよね? ……大丈夫?』
「うん、まあ……風邪薬と食べ物は多少あるから……」
一颯はそう言いながらも少しだけ、心細くなった。
頼みの綱の幼馴染までもが風邪になってしまったこと、病気の身で留守番をしなければならないことは、一颯を弱気にさせた。
『あのさ、一颯君が良ければだけれど……』
そんな一颯の心理を見抜いたのか、愛梨は一颯に提案した。
『うちに来る?』
愛梨の提案に一颯は少しだけ迷ったが……
最終的には首を縦に振った。
第二部開始です。
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