第3話
「取れるわけ、ないだろ! 馬鹿!!」
一颯が怒鳴ると、愛梨はわざとらしく首を傾げた。
「……あら? どうしてかしら?」
「そ、それは、お前……そんなところを探ったら……」
「幼馴染同士なのに? ……意識しちゃうのかしら?」
挑発するような笑みを浮かべ、愛梨は言った。
ここに来て一颯は確信する。
これは以前の壁ドンの復讐だと。
「ほら、できないの?」
そういう愛梨の顔は少し赤い。
……かなり無理しているように見える。
今更、引くに引けないという感じだ。
(ここで言われるままに取るのは、癪だな……)
とはいえ、取らなければ「逃げた」と言われるだろう。
一颯は少し考えてから答える。
「それは……だって、お前、美人じゃないか。……誰よりも」
一颯は恥ずかしい気持ちを押し殺しながらそう言った。
これは本心からの言葉だった。
一颯は愛梨よりも美人で、可愛らしい女の子を知らない。
「なっ……!」
一颯の言葉に愛梨の顔が一瞬で真っ赤に染まった。
動揺で両目を見開き、口をパクパクとさせている。
(……押してダメなら、引いてみろということだな)
一颯は勝ちを確信した。
「もっとも……だからといって、取れないというわけじゃないけどな?」
「え、あっ、ちょっと……」
「動くなよ。取れと言ったのは……お前だろ?」
一颯はゆっくりと愛梨の胸ポケットへと、手を伸ばす。
一方で愛梨は逃げようとしたが、一颯の言葉を受けて踏み止まり、胸を張ってみせた。
そして恥ずかしそうに顔だけを逸らす。
ドクドクと互いの心臓の音が鳴る。
一颯は震える手で愛梨の胸ポケットに指を入れる。
ギュッと、愛梨は両目を瞑った。
(……あった)
一颯は二本の指で消しゴムを摘まむと、ゆっくりと指を引き抜いた。
「ふぅ……」
そしてホッと一息ついた。
「返してもらったぞ」
「え、ええ……」
一颯は消しゴムをポケットにしまった。
そして少しバツが悪そうな表情を浮かべている愛梨に対し、向き直る。
「……なに?」
「あー、いや、その……さっきのは客観的な事実の話だからな?」
一颯は愛梨が変な“勘違い”をしないように、弁明した。
愛梨が美人。それは事実だ。
しかし、だからと言って“好き”かどうかはまた別の話だが。
母親や妹が世界で一番美人だからと言って、恋愛対象にはならない。
それと同じだ。
「ふーん……」
「それと……もう、こんな馬鹿な真似はやめろ。いくら冗談だからって、男にこんなことをするのは……」
「……一颯君はさ」
愛梨は一颯の言葉を遮った。
そして少し不満そうに、怒った表情で一颯を睨みつける。
「私が……ただの悪戯で、こんなことをするような子だと、思う?」
「……え? あっ、いや……」
一颯は一瞬、混乱した。
愛梨が言っていることの意味が、言おうとしていることの意味が分からなかった。
「……私が、好きでもない人に、こんなこと、すると思う?」
――これではまるで、愛梨が、俺のことを……
「そんな女の子だと、思ってるの?」
――“好き”みたいじゃないか。
「ねぇ、一颯君」
「い、いや、そ、それは……」
一颯は目を泳がせた。
思わず後退る。
そして愛梨は一颯に詰め寄る。
「一颯君は……私のこと、どう思ってる? 一颯君にとって、私は……何? 」
「そ、それは……お、お前のことは、幼馴染で……」
「……それだけ?」
悲しそうに愛梨は尋ねる。
一颯はようやく、自分が愛梨に“告白”されていることを理解した。
その上でどうやって愛梨を傷つけずに答えるか、必至に考える。
考えながら、答える。
「た、大切な……お、幼馴染だ。せ、世界で一番大切で……し、しかし、だからといって、その、恋愛的な意味では、その、難しいというか……」
あわあわとしながら一颯が必至に言葉を紡いでいると……
「……っふ、何それ」
クスっと、愛梨が笑った。
「え、あ、いや、だから……」
「っく、ふふ、はは、あははははははは!!」
愛梨はお腹を抱え、笑い出した。
一颯は意味が分からなかった。
ここに来て一颯の思考は完全に停止した。
ポカンとした表情を浮かべている一颯に対し、愛梨は涙を拭きながら……
「なーんちゃって! ドッキリでした!! もしかして、一颯君……勘違いしちゃった?」
ネタ晴らしをした。
「……ドッキリ?」
「そうだけど? 全部ただの悪戯でーす! ぽかんとして、一颯君、どうしたの? 私に告白されたと……思っちゃった?」
笑いながら愛梨に言われ、一颯はようやく気付いた。
騙された。
そして揶揄われている。
「……」
「ねえ、ほら、一颯君。何とか言ってよ。……どう思ったの?」
「……絶交」
「……えっ?」
「もう、絶交だから。話しかけてくるな」
一颯は無表情でそう言うと、踵を返した。
一颯は本気で怒っていた。
具体的には人生で五番目くらいに怒っていた。
一方で愛梨はサーっと頭から血の気が引くのを感じた。
不味い、やり過ぎた!!
愛梨は屋上から出て行こうとする一颯を追いかける。
「ちょ、ちょっと待ってよ! その、全部冗談というか、ちょっとした悪戯というか……」
「……」
愛梨は一颯の背中に向かってそう言うが、一颯は無言で階段を降り始めてしまう。
愛梨は慌てて一颯の隣に並ぶ。
「そ、そうだ! 実は私、今日お弁当、手作りしてきて……唐揚げ、食べたくない? 一颯君、好きだよね? 唐揚げ……味見しない?」
「……」
愛梨は一颯の服の袖を掴んだ。
無言で振り払われる。
「あ、味見と言わず、全部あげる! 卵焼きも付けるわ!! ……そ、そうだ! おかず、全部食べない?」
「……」
愛梨は一颯の腕を掴む。
強引に振り払われる。
「ごめんなさい! ふざけすぎた!! 私が悪かったから……その、許して?」
「……」
愛梨は一颯の腰に抱き着いた。
ここに来て一颯の足が止まる。
とてつもなく嫌そうな顔の一颯に対し、愛梨は半泣きで叫んだ。
「お、お願い! 許して、許してください! お願いします!! 何でもするからぁ、友達やめないでぇ!!」
それからしばらくが経過し……昼休み。
屋上で二人の男女が並んで弁当を食べていた。
「ど、どう……? 一颯君。美味しい?」
自分の弁当を食べる一颯に対し、愛梨は機嫌を伺うように尋ねた。
一方で一颯は不機嫌そうな表情を浮かべる。
「……君?」
「い、一颯さん……お、美味しい?」
「名前呼びか? 馴れ馴れしい女だな」
「か、風見さん……お、美味しいですか?」
「……うるさいな。今、食べてる最中だろ」
「も、申し訳ございませんでした……」
しゅんとした表情を浮かべる愛梨。
一颯は無言で愛梨の弁当のおかずを食べ終え、そして……
「……おいしかった」
そう答え、弁当箱を返した。
愛梨はパッと顔を輝かせたが、しかし半分空になった弁当箱を見て、複雑そうな表情をした。
「……ほら」
一颯はまだ手をつけていない、自分の弁当を差し出した。
愛梨はキョトンとした表情で、一颯の顔と弁当を見比べる。
「半分やる」
「……いいの?」
「要らないならいいが……」
「た、食べる……た、食べます!」
愛梨は一颯の弁当に箸を伸ばし、嬉しそうに口に運んだ。
そんな愛梨に対し、一颯は言った。
「代わりに、アイスを奢れ」
愛梨の身体が固まった。
もうすでにおかずは飲み込んでしまった後だった。
「それで許してやる。……嫌か?」
「お、奢ります!」
「……嫌そうだな」
「奢らせてください! お願いします」
「仕方がないな」
一颯は小さく笑った。
愛梨はガクっと肩を落とした。
「……はぁ」
そして安堵からか、大きなため息をついた。
「もう、二度とするなよ」
「……しないわよ」
「言うまでもないが、俺以外にも、するなよ? 危ないからな。わざとじゃなくても、だ」
愛梨は可愛らしい女の子だ。
学校にもファンが多いし、愛梨に恋している男子は一人や二人では済まない。
もしそんな男子を勘違いさせるようなことがあれば……大変なことになる。
“勘違い”した男子が、愛梨に無理矢理迫ってくる可能性も考えられるからだ。
「……あのさ、一颯君」
一颯の忠告に対し、愛梨は不満そうな表情を浮かべた。
不愉快だと、そう言いたそうに眉をひそめている。
「何だ?」
「その……これは……悪戯とかじゃなくて、本当に本心だけど……」
「本当のことなら怒らないから、はっきり言え」
「……私、一颯君以外に、あんなこと、やらないからね?」
ドキっと一颯の心臓が跳ねた。
「そ、それは……」
「幼馴染として、信頼してるから……あんなことができるの。他の男の子には絶対にやらないから。……それくらい、分かるでしょ? 分かってないなら、分かって欲しいけど」
「わ、分かってるさ! それくらい!!」
一颯は大きな声でそう言うと、顔を愛梨から背けた。
そして赤くなった顔を愛梨から隠しながら……小さな声で続ける。
「……念には念をと、そう思っただけだ」
「そう? ……なら、いいけど」
愛梨は納得したのか、再び弁当を食べ始めた。
一颯はホッとため息をついた。
(あ、危うくまた勘違いしそうになった……)
童貞は悲しき生き物なのだ。
デレ度:20%
一颯君:告白ドッキリを仕掛けてきた幼馴染と絶交した~今更よりを戻してくれと言われてももう遅い~(ブチ切れ)
愛梨ちゃん:許して……(半泣き)
一颯君:しゃーねぇーなぁ(にっこり)
『告白ドッキリを仕掛けてきた幼馴染と絶交した~今更よりを戻してくれと言われてももう遅い~』(完)
めでたし、めでたし。(※続きます)
童貞……なんて悲しい生き物なの。
と同情した方はブックマーク登録・評価(目次下の☆☆☆☆☆を★★★★★に)して頂けると、励みになる人がいます。




