優しさ
「今日はこの村の宿に泊まろう」
メアリはケンの袖を引き言った。
村は小さいが宿泊施設も飲食店も一つずつあった。
「手元の保存食を食べるか、それとも飲食店で食べるかどうする?」
「そうじゃな、保存食のファング・ボーアの干し肉もまだ持ちそうじゃし、飲食店で食べよう」
そうして二人は飲食店に入った。
メニューは三種類あり、シチュー、ポリッジ、日替わりパスタだ。
メアリはシチューを頼み、ケンはポリッジを頼んだ。
「うまいな、ポリッジ、お粥を食ってるみたいだ」
「お粥って何じゃ?、シチューもうまいぞ」
「お粥ってのはお米を水に浸したものだ、ポリッジは似ているが雑穀を野菜スープに浸した感じだな」
二人は食文化についていろいろ話し、食事を終え宿に入った。
宿は二階の一部屋ツインで借りた、内装は質素だが綺麗にしてあるいい宿だ。
「いい宿だな」
「そうじゃな」
「キャーー」
二人が部屋で休もうとしていた時に、突然下から悲鳴が響く。
二人は何事かと思い下に降りた。
「金を出せ」
そこには宿の受付にダガーを付きつける男がいた。その男は袋を受付になげ渡す。
「すぐにこの袋に金を詰めろ、それから上から降りてきたお前ら、へたな真似したらこの女の命は無いぞ」
その男は受付の女に刃物を突きつけ、ケンとメアリを脅した。
「お前こそ動いたら俺の剣技をお見舞いするぞ」
ケンは威勢よく言う。
「お客さん!余計なことしないでください、お金なら問題ありませんから」
「で、でも」
宿の受付はケンの助けを断る。
俺の行動は間違っているのだろうか。この距離感だったら守れる自信があるのに。断られたのなら余計なお世話になるから助けない方がいいだろう。だが強盗をのばなしにしてもいいのだろうか。お金が手に入ったら宿の受付を傷つける恐れがある。敵は一人なのだろうか。強盗の目的はなんだろう。とケンは思考する。
「ありがとよ、じゃあな」
強盗は金を受け取ると受付の首をダガーで掻っ切った。それから強盗は宿を出た。
「お前!よくも」
ケンはそう叫ぶと、強盗を追い宿の外に出た。
するとそこには強盗を含め5人の武装した男がいた。
「お前らはいったい」
「俺たちは盗賊なんだよ、この村の全てをいただきにきた」
ケンは敵の数に驚く。そして強盗をした奴がそう言った。
「金を奪い弱者をいじめて楽しいか」
「弱者は俺たちの方だ、奴隷として何年も何年も虐げられてきた、その精算をいましているところなんだよ」
ケンの問いかけに、盗賊はそう応えた。
「確かに奴隷は辛いと思う、でも復讐ではなく、みんなが幸せになれる何かがあっただろ」
「俺たちだけが幸せならそれでいいだよ」
ケンの問いかけに盗賊の一人は身勝手にそう言うと、ダガーを構えてケンに切り掛かった。
金属と金属がぶつかる音が響き渡る。ケンはダガーをロンクソードで受ける。
残りの盗賊四人はメアリがゾンビを召喚して相手をする。
「他人を思いやることがいずれ自分の幸せになる、それなのにお前らは」
「俺たちはいつも、5人で協力しあっているさ、それ以外の奴なんてどうでもいい」
「すべての人と協力すべきだ」
「協力だと、奴隷だった俺が奴隷主と協力なんて反吐がでる、そんなクソみたいなことは死んでも嫌だね」
ケンは言うことは耳に入らず、盗賊は奴隷主への憎しみを口にする。
奴隷に奴隷主と仲良くしろというのは間違っているか。机上の空論なのか、理想論なのか。それでも人々がお互いに協力し合う世界を望みたい。とケンは考える。
ケンは剣を振るう、盗賊はそれをダガーで受け止める。
それから剣とダガーが何十回もぶつかりは離れてを繰り返す。
「奴隷主は許せないとしても、宿の受付を殺すことはなかっただろ」
「そんなことどうでもいい、金が入ればそれでいい、この世界は弱肉強食なんだぜ」
自分と盗賊の考えは根底から分かり合えない。変えることはできないのか。とケンは思った。
「人に優しくしようとは思わないのか?」
「思わないね、奴隷として鞭で叩かれ、過酷な労働、貧相な飯で育った、優しさなど何の価値もない」
ケンの問いかけに盗賊が応えた。
ケンと盗賊は剣とダガーをぶつけあう。
優しさの価値を知らない生い立ち、盗賊にとって本当に優しさは何の意味もなかったのだろう。優しく接しても奴隷としてゴミのような扱いを受けるそんな環境では人に優しくしようなどという感情は生まれないのかもしれない。そんな不幸な生い立ちの盗賊を俺は武力で裁こうとしている。殺さずに捕らえるのがベストだと思うが、手加減などしたらこっちがやられてしまう。とケンは悩む。
「こんだけ強いなら冒険者になればよかったのに」
「冒険者になろうとしたことはあるさ、だが俺の魔法エネルギーは毒で、戦闘になると無意識に毒を放出して折角倒した魔物の素材を毒で汚染して、仕事にならなかったんだよ、お前もこのダガーで傷付けばたちまち毒に冒され命を失うだろう」
盗賊はそう応えた。
魔法エネルギーは自然とでる、ケンも魔物と戦う時は自然と放出され身体が強化される。ケンはまだ特殊な魔法は習得していないが特殊魔法も自然放出してしまうのだろう。
「その毒魔法だって使い方次第では人々の役に立てるはずだ、例えば兵士や傭兵になれただろう」
「そんな金にならねぇこと誰がやるかよ」
二人の会話は平行線のまま、ケンと盗賊は何度も武器をぶつけある。
一瞬の隙を狙われ、盗賊のダガーがケンに切り傷をつけた。
「くそぉ、食らってしまった」
「ハハハ、お前は毒に冒された、すぐに動けなくなり、解毒薬でも使わないかぎりやがて死ぬだろう」
盗賊は勝ちを確信したのか、笑ってケンにそう言った。
「なんだ、全然動けるじゃないか」
「そんなバカな、大型の魔物だって動けなくなるような毒なのに、ありえない」
ケンはいつも通りの動きで盗賊と渡り合う。
ケンには毒が効かなかった。なぜならケンは既に生命機能が停止していたからだ。そしてその毒はメアリの魔法を打ち消すほどの力がなかったのだ。
「そこだ!」
完全に油断していた盗賊の肩に、ケンの剣が突き刺さる。それによりダガーが盗賊の腕から離れる。
そしてケンは毒使いの盗賊を捕らえた。
メアリも残りの四人の盗賊を制圧していた。やはり召喚された無数のゾンビは強いということだ。
突然、捕らえた盗賊の胸に大剣が突き刺さった。