手漕ぎ船にて
二人は海底神殿から生還し、アンカーで固定していた手漕ぎ船に乗り込んだ。
「なんとかなったの」
「最後は危なかったな」
二人はなんとか脱出できたことに安堵する。
「魚人間は追ってきてないよね」
「ああ、神殿からは出ようとはしてこなかった」
「しっかり海底神殿の宝玉は持ってきてるよね」
「もちろん、ほらここに」
そういい、ケンは袋から丸い宝石を取り出す。宝石は陽光を浴び光り輝く。
「よかった、お疲れ」
「お疲れ」
回復薬を飲み、しばらく二人は手漕ぎ船で休憩をした。魚人間にやられた傷が癒える。
「釣竿があるし、使ってもいいか?」
「いいよ」
ケンは釣りを始めた。船の上は小さな波で緩やかに揺れている。釣り日和だ。
釣り糸を落とすがそう簡単には釣れない。ケンはゆっくりしながらヒットするのを待つ。
そして魚が餌に食いついた。船が傾くほどの大物だ。
魚人間かもしれないがケンは強く釣竿を引く。海に落とされようと構わない心意気だ。グラグラ揺れる手漕ぎ船の中でウルは驚きながら両手で船をがっちり掴む。
「このままだと船がひっくり返るの」
「わかってる、何とかなるさ」
ケンは意地になり、不安定な船の上で立ち上がる、絶対釣り上げて見せるという熱意で気持ちが昂る。ケンは海底神殿を探索している時から、新鮮な魚を食べたくてしょうがなかったのだ。ここ最近猪の肉ばっかりを食べていたし、こっちの世界に来てから魚は一度も食べていない。
ケンは強く糸を引く、釣竿が折れそうなぐらい曲がりながらも着実に獲物との距離が縮む。
そしてケンは大根を引っこ抜くように釣竿を持ち上げた。
すると巨大なマグロのような青い魚が釣り上がった。丸々太った魚で美味そうだ。
「あら、すごいの」
「へへ、やってやったぜ」
その魚は船の上で跳ねる。魚は海の中では凶器になりそうな鋭い牙が並ぶ口をしているが、地上では無力な魔物だろう。
そんな時、誰かが陸から二人の方に泳いでくるのを確認する。
「誰か泳いできているな、知り合いか?」
「まだ顔を確認できないから何とも言えないけど、服を着たまま泳いでくるような知り合いはいないかな」
それから泳いで近づいてくるのが若い女性だということがわかった。唐突にその女性に向かって矢が飛んでくる。
幸い矢は外れたが女性は怯え必死で泳ぐ。
「助けてください!」
泳ぐ女性が二人に向かって叫ぶ。
「今行く」
ケンはアンカーを引き上げ、船を漕ぎ泳ぐ女性に近づく。
ウルは陸から複数人が弓を構えているのを見た。
「矢が飛んでくるから、気おつけて」
ウルが泳ぐ女性に向かって言う。女性は陸を見てから必死に泳ぐ。
今度は数本の矢が女性を狙って飛んでくるが、矢は全て外れる。
そしてケンとウルは女性を海から引き上げた。
「ありがとうございます」
「誰かに追われているか」
「ええ、村が盗賊に襲われて、家は燃やされ、私の家族は虐殺されました、そして盗賊に捕らえられた私は隙を見て逃げてきました」
ケンが質問して泳いできた村娘が話している間にも矢が飛んでくる。矢は船に突き刺さる。
「とりあえず、沖に逃げるの」
ウルは船を漕ぎ陸から離れ矢の射程圏外を目指した。だいぶ陸から離れると、弓矢の攻撃は止んだ。
「お二人は冒険者ですよね、どうか私の村を助けてはくれないですか?」
「俺は助けたい、ウルは?」
「残念だけど、今すぐは無理よ、迂回して近くの憲兵に助けを求めるの」
二人は村を助けることをめぐり意見が対立する。
「迂回して憲兵のところになんか行ってたら、盗賊は全てを終わらせて逃げてしまうだろ?」
「私たちでは助けることはできない、それにこの子だって危険に晒すことになるの」
「私は死んでも構いません。この家族を殺された怒りを晴らすことがでくきるのなら……どうかお願いします」
ケンと村娘はすぐに助けに行くと言い、ウルはそれに反対する。
「彼女だって覚悟ができているし、俺が必ず守るだからウル、助けに行こう」
「同意できないの、必ず守れる保証なんでどこにもない、それに敵が何人かもわからない、少なくとも弓を打つ人が3人見えた」
ケンの言葉にウルが反論する。
「盗賊は10人ぐらいいました」
「あんたもあんたよ、お嬢さん、自分が助かったことだけでラッキーじゃない、それを家族の復讐までしてほしいだなんて傲慢ね」
村娘にウルは厳しく言う。
「どうであれ私は反対するの、ここにいることだって危険なのに、敵地に乗り込むなんて自殺行為なの、戦いたかったらケンが一人で行き」
「私も行きます、道案内だって必要です」
「あんたは足手まといよ、ここからおおよその位置を教えればいいわ、でしょケン?」
「そうだな、おおよその位置を教えてくれれば全力で向かう、例えこの身が朽ち果てようと村を助けよう」
ウルは助けに行くことを強く反対する。村娘は残りケンが一人で行くことになりそうだ。
「一人で行くけど、ウルはなんでそんなに助けたくないんだよ、ウルがいれば燃やされた家を消火することだってできるのに」
「またそうやって善行を押し付けるのね、私は優しさだけでは生きていくことができないの、ケンだってそうよ、そうやって助けてばっかで、いつか死ぬのよ、それも残酷にね、どんなに善行を積もうと理不尽に悪党に命を摘み取られるの」
「それは、覚悟の上だ」
「ケンは覚悟なんてできてないわ、世界を知らないだけ、自分の置かれている状況を理解していないだけ」
ケンがウルを説得しようとするが無駄に終わる。
「どこができてないって言うんだ、今もこうして戦いに赴こうとしているのに」
「自分が死ぬ覚悟はできているのはわかったわ、でも他者が死ぬ覚悟はできていないわ」
「その通りだ、命をかけて他者を救う」
「自分より他者を優先するのが馬鹿げているって言ってるの」
ケンとウルは議論を白熱させる。村娘は周囲の様子を確認する。
「なぜだ、他者を救うことは美徳ではないか」
「ケンはバカね、その美徳で自分を犠牲にする奴なんてバカしかいないのよ」
「ならバカでもいい、どんな悲惨な最後を遂げようと」
「本当救いようがないバカね、私はケンみたいな人を救たいの、正義のために自己を犠牲にして、自己は傷だらけになりながら惨めに死んでゆく人を」
ケンはウルの最後の言葉の意味がわからなかった。
「俺を救うだって?」
「そうよ」
「俺には助けはいらない、俺は全員が全員に優しく接すれば、世界がよくなると信じているから、だからまずは自分が全員に優しくしなければいけないんだ、そして全員が全員に優しく接してくれるように頼んでいる」
「全員が全員に優しくできるわけないじゃない、嫉妬って言葉知ってる?人は優れた人を憎むの、差別って言葉知ってる?人は特定の人に対して不平等な扱いをするの」
ウルの言い分にケンは動揺した。
「それでも、説得すれば優しくしてくれるかもしれない」
「ケンそれ本気で言ってる、例えばケンをいじめてくる人に対して、優しくしてくれって言ったら優しくしてくれるとでも思っているの?」
「それは……」
「嫌がらせには優しさは何の役にも立たない、できるとしたら諦めてその場から逃げることぐらい、優しさではなく怒りを向けて立ち向かう方がよっぽど有益」
言葉の詰まるケンにウルは畳み掛けるように言葉を吐く。
突如、ケンの腹から短剣の刃先が突き出す。ケンは後ろを振り向く。
村娘がケンの背中に短剣を突き刺していた。




