ゾンビになっちゃった
「昨日の台風すごかったな」
「俺ん家なんて植木鉢が倒れて大変だったよ」
俺、藤沢剣は安井真矢と学校に登校していた。
「そりゃ、災難だったな」
「本当にひでーよ、鉢は割れて、こぼれた土は箒で掃かなきゃならなかった」
俺は昨日の台風を思い浮かべ、安井真矢は災難を嘆く。
「世界は理不尽なのさ、だから運命を受け入れるしないと思う、運が悪い時もあれば運がいい時もある、過去を悔いても運命は変わらない」
「なんだよ、偉そうに、過去を悔いて同じ失敗をしないように対策をすれば運命は変わるだろ」
俺たちは高校三年生で、小学校からの幼馴染だ。通っている高校はもうすぐ夏休みに入るところだ。
「その通りだけど、過去を悔やまない方が幸福度が高いらしいぞ、だから俺は過去を悔やまない運命を生きる」
「過去を悔やまずに生きられるかよ、人生は後悔ばかりだよ」
二人は学校に向けてビル街を歩きながら話す。
「過去は変わらないんだし、後悔しただけ脳が疲労するだけだ」
「それはわかるんだけど、頭から離れないんだよなぁ」
突然袖看板が落っこちてきた。俺は一瞬にして袖看板の下敷きになった。
あれ、何が起きたんだ。何で俺はうつ伏せに倒れているんだ。体は動かせない。俺は死んだのか。
「剣、しっかりしろ剣」
真矢の声が聞こえてくる。返事をしようにも声が出ない。俺死ぬのかな。後悔はあるかな。もう少し早く家を出ていれば看板の下敷きにならずに済んだかもしれない。隣にいた真矢は後悔するのかな。総じて後悔なんで感情はくだらないな。
* * * * * * * * * * * *
「ヴォォ、ヴォォ」
気づいたら俺はうめき声を発しながら洞窟のような場所を彷徨っていた。まるで体に染み付いているかのように、両手を前に突き出しうめき声を上げなから彷徨っていた。俺は我に帰ってすぐにそのゾンビみたいな行動をやめた。
確か俺は袖看板の下敷きになって。その後は覚えていない。死んだのだろうか。てか俺の手がゾンビみたいに緑色だ。俺はゾンビになったのだろうか。そんなバカな話あるわけないか。
「誰かいるのか?」
周囲に呼びかけてみるが、俺の声だけが、シーンとした洞窟に響き当たる。誰もいない可能性が高い、周囲は薄暗く遠くは見渡せない。
「なんじゃ、理性を獲得したか」
闇の中から女性の声が響いてきた。
「り、理性の獲得とは?」
驚きながら俺は闇の向こうの声の主に返事を返した。
「そうじゃな、お主は何もわからぬな、よし1から説明しよう」
こちらに歩いてきた声の主は若い女性で大きな木の杖を持って現れた。服装はローブに身を包んでいた。
「説明してくれるんだね、何もわからなくてとても困っていたんだ」
俺は謎の女性に気後れしながらも話す。
「説明してやる、ところでお主、名はなんという?」
「俺は藤沢剣、あなたは?」
「そうか、これからケンと呼ばせてくれ、わしはメアリ・シュタインじゃ、メアリとでも読んでくれ」
メアリは丸太に腰をかけた。丸眼鏡をかけ白髪に銀色の瞳をしたメアリは名前的にも日本人じゃないようだ。
「わかったよメアリ、で俺のこの状況を説明してくれないか?」
「そう急かすな、ケン時間はたっぷりある、そうだなまずはケンを召喚したことから説明しよう」
「召喚?」
「そうじゃ、わしがケンを召喚したのは3年ほど前に遡る、わしはネクロマンサーで死体を操る魔法を得意としていてな、それで複雑な魔法陣を描き召喚してケンが召喚されたのだ」
魔法とか、ネクロマンサーとか、空想上のものを淡々とメアリは語った。どっかの誰かが俺を大がかりなドッキリにでも仕掛けてきてるのだろうか。だが袖看板に潰されて重症だった俺にそんなことをするとは思えない。てか死体を操るって言ったよな。
「まさか、俺は死んでいるのか」
「死んでおるぞ、心臓は止まっているが生きているとも言えるな、わしの死体操術がケンの生命線じゃ、むろんお主を奴隷のように扱うつもりはない、一人の人間として対等に扱おう、それにわしの術で自我を獲得したのはケンが始めてじゃ」
俺は死んでいた。そしてここにゾンビとして召喚された。なんとも奇妙な状況だった。
「そして三年後の今、俺は自我を獲得したということか」
「そうじゃ、特異な服装をしている割に飲み込みが早いのう」
「前の世界では転生ものが流行ってたからね、それより鏡はあるかな?、自分の姿を見たい」
「転生もの?大きな鏡があるよ、こっちのおいで」
メアリと俺は洞窟の中にある土をくり抜いたように部屋に入った。中は明るく灯されていて、ところどころ中世ヨーロッパを感じさせる暖かい雰囲気で、二人入っても狭くない広さだ。
そこには大きな鏡があり、自分の姿を確認する。まずは初めに驚いたのは俺の瞳の色が赤くなっていたことだ、それから全身が若干緑色に変色していて、服装は汚れた高校の制服を着ていた。髪は黒髪のままで、目立った外傷はなかった。
「どうだ、満足したか」
「だんだん、自分の置かれている状況を理解できてきた」
「それは良かった、ところでケンはどこ出身なんだ?、ここはアデインランド王国だぞ」
「日本だ、アデインランド王国は聞いたことないな、多分俺は別の世界から召喚された」
メアリは考えるように手を顎に寄せながら、古めかしい椅子に座った。
「ふむ、そういう可能性があるのか、わしの召喚は通常この世界の死者が召喚される、彼らに自我はないが服装でそうだと思っていた。ケンの話を聞いた後ではそれすらも怪しいのう、それとも自我を得たケンだけが特別なのだろうか」
「そもそも魔法はどんな原理で成り立っているのだ?」
「魔法は自分自身に備わっている魔法エネルギーを放出することによって発動するものじゃ、魔法エネルギーは一人一人違い、使える魔法を人によってバラバラじゃ」
「魔法エネルギーって俺にもあるかな」
「それは魔法を試してみないとわからないのう」
メアリは椅子から立ち上がり、大きな分厚い本を持ってきた。その本はよくわからない言語で書かれていた。
「とりあえず火の魔法をためそう、簡単じゃ念じて指先に炎が出現するば適性があることが分かる、ほれやってみろ」
そう言われて、俺は人差し指を立てて、念じてみるが何も起こらなかった。
「これで合ってる?」
「合っておる、火の魔法の適性はないようじゃな、こんな容量で全28種類の魔法エネルギーの適性を調べることができるが、適性を調べるより、魔法が突然発動する方が楽じゃぞ、続けるか?」
「魔法適性がなくて絶望するよりは突然発動することに期待した方が面白そうだし、適性検査は止めよう」
「いい心がけじゃ、きっとケンには何らかしらの魔法エネルギーがあると思うぞ、直感じゃがな、話は変わるが、わしは冒険者なのじゃが、一緒に冒険者として働かないか?」
冒険者になるのは面白そうだ。きっと充実した生活を送れる。だがいろんな選択肢を知っておきたい。
「死者だけど、冒険者以外の生き方ってあるの?」
「好きなように生きていいぞ、わしが死なない限りケンは死なぬ、何かの研究をするのもよし、創作活動をするのもよし、街に出て商いをするのもよしじゃ」
「悩むけど、とりあえず冒険者になってこの世界を知ることにするよ」
メアリは嬉しそうに微笑んだ。コンビニバイトしかしていない身としては、冒険の依頼をうまくこなせるか心配だけどメアリがいればどんな時も助けてくれるような安心感があった。しっかり冒険者として実力をつけて頼るだけではなく、頼られるよう存在になりたいと思った。